バーテンダー協会の理事長が創業、半世紀以上続く歴史と往年のおもてなし

古き良き時代のオーセンティックバー と聞いて浮かぶシーンに、そのまま入り込んだようである。温かみのある明かり。年季の入ったカウンターの手触り。バーテンダーの真摯なおもてなし。半世紀以上紡がれてきた歴史がこの空間にある。

昭和42年(1967年)創業。開いたのはJBAの理事長を勤めていたバーテンダー、鈴木氏だ。JBAとは、日本最大のバーテンダーの協会である日本バーテンダー協会(NBA)の礎となった団体のこと。

「お酒の先生のような存在でした」。

鈴木氏のことをそう振り返るのは、現オーナーの吉田氏である。吉田氏はかつて客として通っていたひとり。昭和46年の洋酒の輸入自由化解禁の折、自身も輸入を手がけるようになり、右も左もわからない洋酒の手ほどきをしてくれたのが鈴木氏だった。

「穏やかで知的で、本を書くのが好きでね。一般向けのカクテル教室の先生もやっていましたよ」。

そんな人柄を募って、このバーには、多くのインポーターが客として集まった。鈴木氏は、彼らの酒を客に紹介し、時に互いの酒を試飲させ、「この酒はこう売ったらいい」なんて講義もしてくれた。だが、64際で食道がんのため他界してしまう。常連だった吉田氏に「バーと妻を頼むよ」と言い遺した。

その後、ひとりで店を切り盛りしていた妻の君子さんから「店を畳もうと思う」と聞いたのは、鈴木氏の死から2年経った頃だった。吉田氏はマスターの意志を継ぐべく、自身がオーナーとなり、バーを移転。今も守り続けている。

店長を務める久野氏は言う。「ある時代には、バーテンダーが見習いで来るようなバーでした。ここで学んだのは、お客様の状況を汲み取る暖かい接客です」。

往年の雰囲気を讃えるこのバーも、今年4月には老朽した部分をリニューアルするという。とはいえ、肩肘張らずに過ごせるもてなしが変わることはない。

文/沼 由美子 写真/秋 武生