昭和の古き良き雰囲気が漂う
大人のためのオアシス

開店と共に、待ちわびたかのように客が入ってくるバーは、さほどあるわけではない。しかし昭和の時代を彷彿とさせる地下1階の16席のカウンターは、開店からほどなく満席となってしまう。これは、新宿東口・アルタの裏にある老舗バー「イーグル」での光景だ。

ほかの2つのグループ店を合わせた3店のバーを運営する津川興業の常務取締役で、今でもバーテンダーとしてカウンターに入ってシェイカーを振っている長谷川敬氏は、次のように説明してくれた。

「アルコールは国産ならサントリーに限っています。もちろん洋酒を使ったカクテルも豊富に揃えています」

とりわけ、イーグルは旬の果物を贅沢に使ったフレッシュフルーツカクテルにこだわり続けてきた。そして驚くのは、テーブルチャージを取らず、アーリータイムスとティーチャーズ、バランタインのシングルが1杯300円という低価格である点だ。サントリー指定の優良モデル店でもあるイーグルは、誰もが気軽に酒を愉しめる店なのだ。

「リーマンショックの直後でした。これからの時代は交際費もままならない可能性があるということから、お小遣いでも飲める安心の価格にしようと、オーナーが1杯200円を打ち出した時がありました」

またバーでは珍しく、本格的な食事ができるのもイーグルの特徴のひとつ。目の前に運ばれてくる料理は、専属のシェフが腕を振るうとあって、見た目も美しくどれも美味しい。

イーグルがオープンしたのは昭和41年(1966)の冬のこと。今年で創業53年を迎えたが、店内はまるで昭和のまま。磨き抜かれた飴色の階段とカウンター、木目作りのシックな内装、イーグルを象徴するオブジェ、瞬く2基のシャンデリア、時を刻んだ石壁など、店内の装飾はどれもオープン当時とまったく変わっていないという。変わったのは、年月を経てその一つひとつに、深い味わいが染み込んだことだけである。

「このビルが建つ前、ここには平屋建ての古い民家が建っていたそうです。社員の住まいに風呂がなかった時代ですから、オープン前の掃除を済ませてからみんなで銭湯へ行って汗を流し、店に戻って賄いを食べる。そんなふうだったと聞いています」

現在のスタッフは3店合計で、料理関係が10名、バーテンダーが20名程度だという。長谷川さんの話を聞きながら、地下なのに空気が澄んでいるのはなぜなのだろうと、ふと思ったりしたのだった。それは、スタッフの折り目正しさ、清々しい立ち居振る舞いからもきていることのように思えた。

オーナーの津川敏光氏は昭和3年(1928)生まれの91歳だというが、現在もときおり店に顔を出す。長谷川氏は、津川氏の厳しい薫陶を受けて技を磨いてきた。

「オーナーは新しくスタッフが入ると必ず、『愛する家族や友人だと思ってお客様に接しなさい』と教えました。お客様をよく見て、気持ちを察した上で、お客様が本当に望んでいることは何かを必死に考えなさいということです」と長谷川氏は話す。

また、「最大より最良であれ」という言葉もよく口にしたという。バーの規模を大きくすることや利益を追求することに血道を上げるのではなく、自信を持って誇れる良い商品を提供することが大事で、オーナーは社是にも掲げるこの理念を社員一人ひとりの心に刻み込ませた。

さらに、常に「新しいものを考えなさい」とも語ったという。それは新しいカクテルの研鑽であったり、技術の習得であったり、新しい料理を生み出す努力であったりした。

「オーナーはもともと料理人で、奥様のお父様は帝国ホテルのコックを長年務めた人。オーナーはその義父の教えも自分のものとして考え、マナーやサービス、精神論を社員にみっちり教え込むと共に、新作料理の模索も指示したのです」

イーグルの料理で使うソース類は全て、店内の厨房で作られる自家製だという。なぜなら、既製のソースでは物足りなさが出てしまうからだとか。また、看板料理であるグランドメニューは全て社員の創作によって生まれたというから驚く。

例えば人気の料理のひとつである「霜降りビーフ」(1600円)は、山のように盛られた砕いた細かな氷の上に、レア仕上げの牛肉がきれいに並べて供される。添えてある白髪ネギをくるんで食べるのだが、食べる直前にスタッフの手が加わる。

スプーンとフォークを器用に使って、牛肉を一枚ずつ筒状にし、目の前でネギを巻いてくれるのだ。それをニンニクのタレに浸して食べるのだが、ひんやりとした肉が口の温度で温まり、脂肪の甘みや香りが一斉に湧き立つ。噛めば噛むほど味わい深い。

「ビーフストロガノフ(1960円)はロシア料理専門店かと見紛うような完成度と自負しております。ほかにも、牛肉と野菜の四川風(1350円)、カレイの姿ムニエル(1650円)など、イーグル自慢の料理を用意しています」

昭和53年(1978)に入社した長谷川氏はバーテンダーだけでなく調理をしていた時期もあったという。ひと通りの経験を積ませようというオーナーの考えによるものだ。

一方、カウンターは地下2階にもあると聞き、階段を下りて行ってみると、地下1階より小ぶりなスペースだがテーブル席もあり、これはこれで落ち着きと味がある。客は自分の好みでどちらかのカウンターを選ぶことができるのだ。そうした一つひとつのもてなしの心が、オープンから現在まで客を引きつけてやまない

文/相庭 泰志 写真/黒田 雄一