蔵王の滋味を愉しむくつろぎの温泉オーベルジュ

「食するために、お泊まりいただく“2食1泊”付きの宿」「心と時間を泊める宿、オーベルジュ……」。そんな魅力的なコンセプトに心惹かれ、宿に予約を入れた。来月は妻の誕生日。料理好きの彼女は、私がこの宿を選んだことをきっと喜んでくれることだろう。

料理を味わうことを目的に宿に泊まる。フランス発祥のオーベルジュは本来そのようなスタイルだが、さらに「オーベルジュ 別邸 山風木」が素敵なところは、日本の宿ならではのくつろぎ感と心に響くおもてなし、美しい自然環境と良質の温泉、センスに満ちた客室空間などが滞在の喜びをより高めてくれることだ。

そして、主役の料理は“オーセンテック・ジャパニーズスタイル”をうたっているように郷土の恵みを生かした会席料理が供され、その内容の素晴らしさは何よりリピーター客の多さが物語っている。

予約当日の午後、東北自動車道の白石ICを降り、蔵王エコーラインを遠刈田温泉方面へと車を走らせる。フロントガラスに映る秋色の山々は名峰・蔵王へと続く穏やかな稜線。間もなく訪れる雪の季節の前に、山は最後の輝きを放って眩しいほどだ。

宿は遠刈田温泉街の賑わいから5㎞ほど手前に位置している。県道を離れ、林に囲まれた静かな場所に佇む数寄屋風の建物が印象的だ。玄関には篆書体で「山風木」と記された真っ白な暖簾が下がり、清々しい雰囲気で客を迎えている。その洗練された空気感は建物内に入ってさらに宿の個性と融合し、洒落た空間を生み出していた。

「オーナーがアンティークや作家ものの家具、絵画などが好きで、それらをインテリアに生かしています」と話すのはマネージャーの山崎正人さん。柳宗理のバタフライチェア、カリモクのソファなどデザイン性の高い人気家具も随所に見られ、空間をさりげなく彩っている。

ラウンジやレストラン、ライブラリーなどに施されたインテリアセンスの良さ。もちろんそれは各客室も例外ではない。

まずは部屋に案内される前に、薪ストーブのある椿ラウンジで自由に飲めるウェルカムドリンクを味わいつつひと休み。コーヒーや紅茶、ジュースのほかスパークリングワインなども用意されている。

「素敵な宿ね。飾ってある雑貨や絵も私の好きな感じだわ」と早くも気に入った様子の妻。窓からは手入れの行き届いた庭と大きな池が見渡せ、この景色も宿を特徴づけている。

敷地面積は何と2300坪。四季の花々が咲くその広大な敷地に、客室わずか10室という贅沢さにも驚かされる。以前は企業の保養所だった建物を2006年10月に宿としてリニューアルオープン。さらに3年後には自家源泉を掘削し、独自の湯を湯船に満たしているというから愉しみだ。

客室のサンルームでくつろぎ自家源泉の湯で心身を癒す

部屋に入ると目に映った和モダンの趣がまた妻好み。さりげなく生けられた花も心を和ませる。客室は、A=和室+サンルーム、B=和室(低床ベッド)+サンルーム、C=リビング+ベッドスペース、そしてD=和室+ベッドルーム+サンルーム+露天風呂の4タイプ。

客室は池を囲むように配され、新たに増築したサンルームは四季の移ろいが感じられるスペースだ。マッサージチェアもあってついうたた寝してしまうほど。さらに寝具はイタリア・マニフレックス社製のマットレスを使用するなど、寝心地の良さも追求している。

しばらく部屋でくつろいだ後、浴衣に着替えて浴室へ。温泉は「風と木々の湯」と「月と風の湯」という風流な名の付く大浴場が2つと貸切風呂がひとつ。大浴場は20時で男女入れ替え制となり、それぞれの浴場を愉しむことができる。

前者は、背中から温泉が流れる半身浴用ベンチが付いた湯船が特徴的。背中をそっと刺激する湯の感触が何とも気持ちがいい。冬はガラス戸が閉められているが、春から秋は戸が外されて半露天風呂のような爽快感が味わえる。

一方、月と風の湯はひょうたん型の露天風呂が主役。ほんのり濁った湯が源泉のままかけ流しされており、滑らかで柔らかな肌触りは長く湯に包まれるほどにその感触がよくわかる。湯口には伊達冠石という珍しい石が使われ、そこから流れ出る湯は先述したように、宿オープンの3年後に掘削して湧出した自家源泉だ。

「新温泉の源泉名は、江戸時代の遠刈田温泉の呼称にちなみ、“湯刈田温泉”と名付けました。これで“とおがった”と読みます」と山崎さん。深さ6mから汲み上げる湯量は毎分300ℓ。3つの浴場すべてに24時間かけ流しされている。

蔵王の恵みと旬の素材を贅沢に生かした会席料理

そして、空が薄暮から夜への色調を深めてくる頃、いよいよ夕餉の時間が訪れる。オーベルジュとしてのメインステージは「ロータスダイニング」。窓一面に広がる池に咲く蓮(ロータス)からその名を付けた。

間接照明に浮かぶ空間は目を見張るほどモダンで洗練された雰囲気。ふたり並んで池が眺められる窓側の席、落ち着いたテーブル席、そして樹齢240年の天然杉のカウンター席は、料理人の仕事を目にすることができるリピーターなどに人気の席だ。

私たちはテーブル席に落ち着き、まずはスパークリングワインで乾杯。そして料理のプロローグは「蔵王 彩りの前菜」から幕を開けた。料理のコンセプトは、“蔵王の恵みと厳選した旬の素材を、健康に配慮しながら贅沢に料理したこだわりの会席料理”。

椀物、お造り、メイン、煮物……と供される正統派の会席料理スタイルだが、料理長の洞口弘さんが心を砕き、腕をふるうその一品一品は、いずれも感動的で実に深い味わい。

さらに、この宿ならではの特筆点は、それぞれの料理を引き立てる選りすぐりのお酒が、何と全てインクルード、つまり無料で飲めること(18時~20時)にある。

献立には、料理名と並んで“おすすめのマリアージュ”が記され、ソムリエが選んだワインや日本酒がずらり。それ以外にも10数類のアルコールやソフトドリンクなどが用意されている。

さらにワインカーブには有料のシャンパンやボトルワイン、希少な日本酒などもストックされ、好みがあればこちらを選ぶのもいい。

本日のマリアージュを料理とともに具体的に見てみると、例えば本鮪や甘海老などのお造りにはフランスの「キュベアマンディエ」または「墨廼江 特別純米酒」。最高級A5ランク仙台牛サーロインステーキは「カベルネソーヴィニヨン」または「あたごまつ特別純米酒」などといった具合。

「湯葉真丈と蔵王芋の煮物は、スペインの赤ワインがお勧めみたいだね」と私が言うと、妻は「私は阿部勘という純米酒の方を選んでみようかしら。蔵王芋は地元の里芋の一種らしいわよ」と頬をほんのり赤く染めながら満面の笑顔を見せる。食を語る時の彼女はいつも本当に楽しそうだ。

そして秋の名物「はらこめし」で料理はクライマックスを迎える。鮭とイクラがたっぷり入った釜炊きご飯で、ふっくらご飯と鮭の旨味が絶妙。これを食べに再訪する人も多いという人気の一品だ。ほかにもウニやホッキ貝の釜炊きご飯など季節限定料理が多彩にある。

さらに、朝食もまた感動的で、蔵王の滋味豊かな食材が盛りだくさん。豆腐屋から毎朝出来たてが届く寄せ豆腐、蔵王産長芋のとろろ、芋煮、手作り漬物、蔵王源流米のひとめぼれ……などなど、味わうほどに心身が目覚める内容だ。

「朝夕共に料理が本当に美味しくて、まさに口福とはこのことね。次は何を食べようかしら……。ねぇ、次回の予約も入れていきましょうよ(笑)」。妻の喜ぶ顔を見るのはやっぱり嬉しいものである。

文/岩谷雪美 撮影/秋 武生