食材店や缶詰店などを経て料理店としての歴史を刻む

伏見の中心から少し京都寄りに、墨染という地がある。京阪本線の墨染駅からほど近い場所には日蓮宗の墨染寺という寺院があり、この寺が地名の由来となっているのだ。ここは古くから京都に通じる伏見街道、大津へ至る大津街道、八科峠を越えて六地蔵から宇治へと向かう道とが交差する交通の要衝であった。人馬の往来が激しかったことから、自然と宿場町が形成され、当時から大いに栄えていたエリアでもある。

清和荘の大門の前には、新選組局長の近藤勇がこの付近で狙撃されたいきさつが記された案内板と碑が立っている。ただし、この場所が実際に狙撃された地点というわけではない。
活込灯籠は柱部分を土の中に埋め込んで、高さが調節できるのが特徴。茶の湯の隆盛により、夜の茶会のための明かりとして利用されるようになった。

幕末の慶応3年(1867)12月18日、伏見奉行所に陣を構えていた新選組の局長、近藤勇は軍議のために二条城へ赴いた。その帰り道、墨染付近で狙撃された近藤は、一命は取り留めたものの、年明け早々に始まった鳥羽伏見の戦いには参戦できなかった。そんなエピソードを記した案内碑の後ろに玄関を構えているのが、京料理の「清和荘」である。

灯籠の手前にはつくばいも配置されている。これはもともとは茶室に入る前に手を清めるために置かれたもの。日本庭園の添景物のひとつとされている。

門の左右には美しく刈り込まれた松の木が、まるで一幅の絵画のように伸びている。武家屋敷を彷彿させる大門をくぐり、玄関まで続く石畳からふと左手に目をやると、見事な庭園が目に入る。この「池泉回遊式庭園」の美しさは、座敷から愛でることもできるが、実際にそこに立ってみると、その計算された美を愛する和の精神が伝わってくる。

玄関の脇にある庭園への入口。左右に建仁寺垣が配され、庭の一部が切り取られて見えるところも趣がある。

庭の端には茶室が設けられていて、その前にある活込灯籠が風景にアクセントを付けている。美しく刈り込まれた芝生の向こうには池があり、背後の築山には様々な樹木が四季の美しさを演じてくれる。現在の墨染周辺は、京都や大阪に勤めている人たちのベッドタウンで、清和荘の周辺にも住宅やマンションが建ち並んでいるのだが、この庭に立っている限り、そんな現実とは無縁の世界に誘い込まれた気分に浸れるのだ。

庭園の一角には茶室も用意されていて茶会に利用する人も多いという。ここは伝統文化の粋を極めた空間なのである。

清和荘が料理屋として産声を上げたのは昭和31年(1956)であった。それ以前はまず明治41年(1908)、祇園の一角で様々な高級食材を扱う店を始めている。野菜をはじめ筍の水煮や牛肉の大和煮などを製造・販売していたという。

玄関の引き戸を開けると、上がり框(かまち)の上から畳が敷かれていて温かみを感じる。

大正11年(1922)に事業拡大と原料輸送の利便性から、京都市南部の紀伊郡深草町(現在の京都市伏見区)に同店を移転。そして本格的に牛肉やグリンピースの缶詰の製造を開始した。昭和14年(1939)に工場を深草新門丈町に移転し、住居もその隣に移した。戦後、缶詰以外の保存食が登場するなど、状況が大きく変化したことで事業を縮小。代わりに居宅を改修し、料理旅館清和荘を創業したのである。

揚げたての天ぷらが楽しめる専用カウンターを設置

祖父が清和荘を始めた当初は、地元の旦那衆や商店の方々がご贔屓にしてくださいました。その後、父の代になると増改築を行い、椅子席や会議室などを設えました。ちょうど昭和の高度経済成長と重なり、宴会で利用したい方や冠婚葬祭など、お客様のニーズとマッチしたのです」

そう語る三代目主人の竹中徹男さんは、和の迎賓館とも呼ばれる名店「つる家」で修業。初めての包丁を持つ主人として、采配をふるっている。平成28年(2016)に創業60周年を迎えたのを契機に、目の前で揚げてもらった天ぷらを楽しむことができるカウンターを増設。そのほか、施設の改修も行い、さらに使い勝手の良い料理店へと進化している。

平成28年(2016)に設置された天ぷら専用のカウンター。前日までの予約で、お昼のコースは8000円、夜は1万円からいただける。カウンター越しに見える庭園も実に見事だ。

新設された天ぷらカウンターは、ご主人自らが厳選した四季折々の食材を、体に優しい綿実油と香り高い太香胡麻油をブレンドした特製の油で揚げたものが味わえる。車海老や魚介類はしっかりカリッと、季節の京野菜は香りを生かすように揚げる。

サクサクの衣の中から、素材の旨味が口に広がり、油の香ばしさが追いかけてくる。そんな至高の味と共に楽しめるのが、大きな窓の向こうに見える庭園だ。季節ごとに色彩を変化させる庭は、まるで額縁に嵌められた名画のように見えてくる。

部屋をつなぐ廊下にも畳が敷かれ、庭園が楽しめる。

数寄屋造りの母屋には、この庭園を眺めながら食事が楽しめる座敷や坪庭に面した座敷など、和の魅力あふれる空間が用意されている。まさに一歩足を踏み入れたならば帰路につくまで、日頃の喧噪とは無縁の非日常の世界を堪能できるのだ。単に料理だけでなく、こうした場を提供してくれるのも、料理屋の大事な要素のひとつなのだと実感させられる。

部屋は和室だが、椅子とテーブルで対応することができる。70名までの宴会ができる部屋も用意されている。
庭園だけでなく随所に坪庭や植え込みなどがあり、それが窓を飾ってくれるので、自然の美しさを肌で感じられる。

伏見の名水が生んだ出汁が食材の持ち味を生かす

竹中家が伏見という土地で食にまつわる仕事を生業にした大きな理由は、この地がかつては“伏水”と呼ばれたほど、地下水に恵まれていたからである。しかもその水は酒の仕込水に最適なほど、柔らかくて美味。「そんな名水から生まれる出汁は、天然利尻昆布や本枯れ節はもちろん、潮汁や精進出汁にも素晴らしい生命を吹き込んでくれます」

三代目のご主人、竹中徹男さんは京料理の名店「つる家」で修業。自らも料理人として店を切り盛りする。

こうして作られた出汁が、近郊の契約農家から届く京野菜をはじめ山陰の魚介類や、全国各地から届けられる厳選された食材を、美味なる料理へと生まれ変わらせる。それは京料理の伝統をしっかりと継承しつつ、清和荘ならではの新しい調理法を取り入れた、新たな味の世界なのだ。

フカヒレのような和食としては珍しい食材も積極的に取り入れている。
汁の良しあしの多くは、どのような水を使っているかにも関わってくる。伏見の水は柔らかくて日本食に適している。
フカヒレとスッポン、それに九条ねぎを使った贅沢な椀。素材同士が味を引き立てる。

食事が始まる前に、錫の酒器で運ばれてきた御酒を一献いただき、喉を潤す。用意されているのは伏見の名水から生まれた清和荘オリジナル純米大吟醸「清和のしずく」。キレの良いやや辛口の味わいは、食前酒に最適である。

次いで見た目も鮮やかな八寸をいただく。究極の美食といわれる「烏賊のこのわた和え」や「カラスミ」など、なかなかお目にかかれない料理を酒の肴にしてしまうという、この上ない贅沢を味わう。さらに口の中で淡雪のように溶け、旨味だけが残るという幸せをもたらしてくれる「助け子の玉締め」や、ほろほろと身がほぐれて上品な味わいに相好が崩れてしまう「穴子の小袖寿司」など、八寸だけでも様々なバラエティに富んだ味覚が堪能できるのだ。

酒の肴にもピッタリの料理が美しく並べられた八寸。

蓋物は「甘鯛のかぶら蒸し」。山陰で揚がる甘鯛は、この季節に旬を迎え、旨味が特に増してくる。それを冬野菜の代表格であるかぶら(蕪)と共に熱々に仕上げた逸品。魚と野菜の甘味が相乗効果となって、体だけでなく心まで温めてくれる優しい献立である。

冬の味覚の代表格である甘鯛は、京都では“ぐじ”と呼ばれ珍重されている。

そしてスッポンとフカヒレを使った、贅沢な椀物にも驚かされた。ひとつずつでも旨味の濃い食材を、喧嘩させることなく見事に調和させている。伏見の水から生まれた出汁だからこそ、可能ならしめた奥深い味わいだ。やはりこの時期に旬を迎える九条ねぎの存在も大きい。

「当たり前のものを当たり前に美味しくするのが料理です。そのために、食材は日本で手に入るもの、それに季節感を大切にしています。非日常を感じられる空間と共に、清和荘で過ごす時間と空気感を楽しんでいただけるように精進しております」

食事を終えてふと窓の外に目をやると、庭園はライトアップされていた。そこには日中とは違う、幽玄な風景が広がっていた。ゆったりとした時間と空間の中で食事を愉しんだことを実感できる瞬間だった。

庭園は夜間ライトアップされる。夜の食事ならば、ぜひとも庭に面した座敷をリクエストしたい。
ライトアップされた正面玄関。周囲に住宅があるとは思えない風情。
廊下にも畳が敷かれているため、人が歩いていても足音が響くことがない。落ち着いて食事が楽しめる。