体が芯から温められる元気が湧くスープが名物

京都の気温は御所の北、今出川で下がり、宝ヶ池を越えるとさらに下がる。松乃鰻寮はそんな宝ヶ池よりも、さらに北へ上がった木野の地にある。叡山電鉄鞍馬線の木野駅から徒歩5分もかからない場所にあり、周囲には住宅はあるものの、京都の北山がすぐ近くまで裾野を延ばしている風雅な地だ。隣の岩倉には幕末に岩倉具視が隠れ住んでいたほど、洛中と比べて静かな場所である。

木野駅から少し岩倉駅方面に戻ると、すぐに見えてくる店の看板。文字の書体にもこだわりが見える。
暖簾に描かれている鰻の意匠は上田恒次による。
後には緑あふれる山が迫る。

「もともとは自分たちが住むための寮として建てたのです。ところが常連さんたちの中に“この家で食事をしたい”とおっしゃる方がいらしたのです。その方たちに使っていただいているうちに、評判を聞きつけた人が増えてきてしまったので」

と、女将の松野宏美さん。50年ほど前に、こちらもそのまま店として営業を開始した。「店としては変わっているでしょう」と語るが、もともとあった竹林を伐採し、その竹を天井に利用するとか、座敷の奥に茶席の空間を設けるなど、随所に粋な意匠を凝らしたのは、先代の趣味が大いに生かされているからだろう。

基本は畳の上に椅子とテーブルなので足に負担がかからず楽に過ごせる。
燭台風の間接照明は、部屋の意匠に合っていて、日常とは違う感覚も味わえる。
玄関を入ってすぐの場所にある待合。民芸風の調度品は初代の好み。座敷へと運ばれていく料理は、いい香りを残していく。

そしてここで味わえる鰻料理は、祇園の松乃から引き継いだ、丁寧にふっくらと焼き上げ、口の中でとろけるような美味しい蒲焼きはもちろん、松乃鰻寮ならではの様々な献立も用意されている。その代表は前述した通り、洛中よりも寒さが厳しい洛北ならではの「うなべ」と呼ばれる鰻入りスープだ。

備長炭を入れた炭壺の上で、最後の仕上げが終わり湯気を上げる「うなべ」。寒さが厳しい洛北の気候に合わせて考案された名物料理だ。

筒状に焼かれた鰻と九条ねぎ、それにくずきりが熱々の土鍋で供される。コクがあって濃厚な香りが楽しめるスープについて、二代目のご主人松野與詩朗さんは「専門店だからこそ、鰻の出汁は贅沢に使い妥協はしません」と語る。このスープを目当てに、遠方からやってくる方も少なくない。ひと口食べただけで、体が芯から熱くなっていく気がして、力もみなぎってくる料理である。

蓋を開けると鰻の濃厚な香りが部屋いっぱいに充満する。それだけで元気が出てくる気がする。

同じく冬の名物として人気なのが「う雑炊」。濃厚な鰻のエキスがたっぷり詰まったスープにご飯と焼き餅と卵が入った贅沢な料理。お酒をいただいた後の締めにも最適。スープや雑炊はテーブルの脇に置かれた信楽焼の炭壺の上で煮込まれ、熱々の状態ですぐに井桁の上に載せられるので、冷める心配がないのも嬉しい。

十分に煮立ったら井桁の上に移される。
こちらも人気の「う雑炊」。

さっぱりとした鰻料理を所望ならば、「鰻の湯引き」がお勧め。梅肉や酢味噌のタレをつけていただく。蒲焼きのイメージとは180度違う、淡白な味わいがクセになるひと品。鰻料理づくしの会席は1万6000円から用意されている。

さっぱりとした味わいが楽しめる「鰻の湯引き」。予想に反して淡白なので、梅や酢味噌のつけダレがアクセントになる。
鰻そのものの質の良さが際立つ白焼き。鰻は浜松や三河、薩摩など、その時に一番品質の良い産地のものを取り寄せている。
ふっくら柔らかい蒲焼きの鰻重も定番人気。

極上の鰻料理でお腹が満たされたら、初代の好みで集められた調度品を愛でるのも楽しいだろう。窓の向こうには、竹林を借景にした庭が広がり、四季折々の美しい風情を醸し出しているのも見所である。

文/野田伊豆守 写真/むかのけんじ