26162果てしない海を望み、走り続ける復興の象徴「三陸鉄道リアス線」(岩手県・盛駅〜久慈駅)|追憶のローカル線2020

果てしない海を望み、走り続ける復興の象徴「三陸鉄道リアス線」(岩手県・盛駅〜久慈駅)|追憶のローカル線2020

男の隠れ家編集部
編集部
起伏に富んだ三陸海岸沿岸をひた走る長大なローカル線。台風被害で一部区間が 運休となっていたが、令和2年(2020)3月20日より全線が再開。新たな一歩を踏み出した。

三陸海岸を縦貫する雄大な海のローカル線

爽やかな海風が吹いている。一面の青空、日の光を浴びてキラキラと輝く海。その揺らぎはまるで生き物のようである。三陸鉄道リアス線は、岩手県三陸地方の盛(さかり)駅から久慈(くじ)駅までを結ぶ163.0kmの長大な路線。これは日本の第三セクター鉄道としては最長距離を誇る。

宮古駅に遊びに来ていた女の子たちに出会った。

三陸鉄道といえば東日本大震災での被災が記憶に刻まれている。島越(しまのこし)駅が流出するなど甚大な被害を受けたが、わずか5日後に復興支援列車として陸中野田駅〜久慈駅間で営業を再開したことに驚かされた。

地元の人々を乗せて今日も“さんてつ”は元気に運行中。

もともと国鉄によって段階的に開業した戦前の路線がいくつかあり、その後、岩手県などが中心となって第三セクター鉄道を設立。既存区間と新規路線を引き受ける形となった。そして昭和59年(1984)4月1日に開業したのが三陸鉄道である。

南北のリアス線の空白を結んでいたのは、JR山田線の宮古駅~釜石駅で、こちらも東日本大震災で不通となっていたが、これも三陸鉄道に移管された。そして2019年3月23日、ついにリアス線として統合されて全線が開通したのである。

野田玉川駅の近くには山ブドウでワインを醸す「涼海の丘ワイナリー」がある。
野田玉川駅近くの橋梁と列車。三陸を象徴する白(誠実)、赤(情熱)、青(三陸の海)のデザインが鮮やか。紺碧に染まる海に燃えるような赤いカラーが鮮烈に映える。

美しい海の景色と日常の風景に思う旅の空

まず旧南リアス線にあたる区間に乗車した。まだ町は防潮堤の工事が進んでおり、震災の傷跡を生々しく感じる。9年という歳月は、震災を過去の出来事とするにはまだ早い。製鉄業やラグビーで有名な釜石駅を抜け、岩手船越駅を過ぎると右手には山田湾が広がる。木々の間からは整然と並ぶ養殖筏が見える。カキとホタテが有名で、試食付きの見学ツアーなどもあるのでチェックしたい。トンネルがいくつも続き、グァン、グァンとディーゼルエンジンが力強い唸り声を上げている。車窓にはランニングをする人や街並み、変わらぬ日常に旅の空を思う。

十府ヶ浦海岸駅付近を走るラッピング車両。鵜住居(うのすまい)駅近くの釜石東中学校の生徒たちが考えた「感謝を表す笑顔」の絵をつなげたデザイン。背後には建設中の防潮堤が見える。

陸中山田駅では多くの人が乗り込んできた。サラリーマンや学生、親子連れなど。5歳くらいの幼い子どもが真っ先に先頭に陣取って、進行方向を楽しそうに眺めている。「うわあ、すごい!」。カーブに差し掛かるたびに驚きの声を上げる。鉄道を楽しむ純粋な姿に、ふと自分の少年時代が重なる。

安全運行を心がけて運転士が今日もハンドルを握る

朝日を浴びて運行を開始した早朝の列車。正確な運行のため運転士と車掌が気を配る。線路上の異常はすぐに報告される。
大船渡市の三陸駅には東京工芸大学の有志によって描かれた海をテーマにしたイラストがあった。
駅売店では地元女性たちによる手作りマスクを販売していたので購入した。
2020年3月31日、吉浜駅に同29日に逝去した志村けんさん(非常勤駅長)を追悼する献花台が設けられた(現在は終了)。構内には本棚なども置かれている。

吉浜駅近くの正寿院には明治三陸大津波で亡くなった人々の名前を記した掛け軸が残る。その教訓を生かして高台移転していたため、吉浜は東日本大震災で最も被害が少なかった“奇跡の集落”として注目された。

製鉄の町・釜石駅近くには「釜石漁火酒場かまりば」という飲食店街がある。「浜ちゃん」を切り盛りするのは女将の浜田さん。ホルモン煮込みやイカ焼きなどおふくろの味がじんわりと胸にしみる。

鵜住居駅前には釜石祈りのパークなどのほか、同地も会場となったラグビーワールドカップ2019を記念したオブジェもある。

東日本大震災の出来事や教訓を後世に伝えるために作られた鵜住居駅前にある「いのちをつなぐ未来館」。震災関連の資料展示や語り部活動などが行われている。
毎年サケが遡上する津軽石川の近くにある津軽石駅。
宮古行きの列車がホームへと進入する。
駅至近の登録有形文化財・盛合家住宅。
江戸時代にサケ漁で栄えた豪商の家で、現在も住居として使用。お願いすれば見学も可能。

宮古駅で地元の美食に舌鼓を打つ夜

列車は山間をグングンと進んでいく。緩やかなカーブを繰り返し、うたた寝をしているとすっかり風景が開けていた。夕日を浴びて山々も輝き出した。「新たな希望」の愛称が付けられた払川駅を通過。震災後に新しい住宅が数多く建てられたことで設置された新駅である。列車はさらに北上し、黄金色に輝く閉伊川を渡ると宮古駅へとたどり着いた。夜は宮古駅で何を肴にしようか。三陸といえば、やはり海の幸である。

今回は駅から少し歩いた路地裏の「寿司うちだて」へ。大将の内館義幸さんは寿司職人歴約40年の大ベテラン。「どこから来たの?」と元気に内館さんが訊ねてくる。話をしていると三陸鉄道への思いを端々に感じる。もちろん寿司ネタも美味。マグロ、エビ、ホタテはどれもが熟成した旨味を感じられる。宮古の地酒「千両男山」(菱屋酒造店)のスッキリとした味わいが、さらに料理を引き立てる。ほろ酔い気分で宮古の夜は更けていく。

宮古駅の近くにある路地裏の名店。大将の内館義幸さんは、気さくな人柄で楽しい夜を過ごせることだろう。寿司職人歴約40年のベテランで、ネタの目利きも間違いなし。地元のなじみ客も多い。

三陸観光の拠点となる宮古には、ほかにも様々な飲食店や宿がある。そのひとつとして浄土ヶ浜旅館も紹介したい。景勝地・浄土ヶ浜の名を冠した旅の宿で、元気な女将たちのアットホームなもてなしが魅力。客室も女性的なセンスを感じる。例えば、洋室には桜花を模したタオルが枕元に添えられているが、これはインドネシアのタオルアートをイメージしたもの。「お客様にぐっすり休んでいただきたいと思って」と話すのは女将の山根千春さん。

女将の山根千春さん(右)と若女将として修業中の佐々木匡子さん(左)。

また併設の食事処「海舟」では海鮮丼や定食、ご当地丼の「瓶ドン」などを提供。女将と新星の若女将、スタッフが地域の復興と共に邁進している。

中は併設の食事処で人気のご当地丼・地元野菜たっぷりの瓶ドン「花瑠瑠(ホノルル)」(1,350円)。
宮澤賢治も絶賛した景勝地・浄土ヶ浜の最寄り駅として知られる宮古駅。三陸観光の玄関口となる駅でもある。直営の土産物店も併設。
力強くて頼もしい駅長の赤沼喜典さん。
駅構内には全国から訪れた人たちの応援メッセージが掲示されている。

宮古駅から久慈へ向けて北リアスの旅へ出発

翌朝は、宮古駅からさらに北へと進んで行く。特に早朝は霧が発生することもあり、白く輝く幻想的な光景を望みながら走る。沿線にある断崖絶壁の景勝地・北山崎では、梅雨の時期はやませ(北東の冷たい湿った風)によって濃霧が多く発生することが知られる。三陸ならではの絶景に会いにいくのもいいだろう。

さて新駅の新田老(しんたろう)駅などを通過し、田野畑駅、普代駅へと歩を進める。そして堀内駅からは一気に視界が開ける。大沢橋梁は雄大な太平洋を眼前に臨むスポットとして有名で、観光客のために日中は橋梁上で一時停止もしてくれる。

三陸復興国立公園の景勝地・北山崎へのアクセスは田野畑駅を利用する。駅の愛称は「カンパネルラ」。宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』の登場人物に由来。

このように「さんてつ」=海のイメージが強いが、トンネルの数と距離の長さにも気づくだろう。三陸鉄道旅客営業部副部長の冨手淳さんは「このトンネルが鉄道を守ってくれたのです」と話す。明治時代にも津波被害を受けた三陸地方では、災害を想定した鉄道整備がされた。震災当時は島越駅が流出するなど大きな被害を受けた一方で、いち早く営業を再開できたのはそのためだ。まさに地域の足を支える鉄道である。

明治三陸大津波の経験から旧・北リアス線区間は災害を想定したルート選定が行われ、路線の半分以上にあたる約39kmがトンネルとなった。そのため局所的な被害で抑えられた。
かつて国鉄久慈線の終点だった普代(ふだい)駅。「青の国ふだい」によるアンテナショップが駅構内にある。
普代村特産のすき昆布。昆布の旨味が病みつきになる
「こんぶソフト」(300円)もおすすめだ。

野田村の山ブドウが美酒に!ワイナリーの挑戦

そして終点の久慈駅へとたどり着く前に野田玉川駅で途中下車。お目当ては平成28年(2016)4月に誕生した「涼海の丘ワイナリー」だ。太平洋を一望できる丘の上に建てられた。野田村特産の山ブドウで醸したワインを製造・販売している。岩手県は山ブドウの栽培面積が日本一で、その4割を野田村が占める。先述の“やませ”によってじっくりと熟成して育つ山ブドウは、独特の酸味が特徴だ。所長はソムリエの資格を持つ坂下誠さんである。

鉱山の元坑道を利用してワインを熟成させる。左下は右から佐藤さん、坂下さん、鈴木さん。

「もともと山ブドウはジュースなどの健康食品のイメージがあり、地元ではお歳暮で配る食文化がありました。農家は高齢の方が多いのですが、ワイナリーを作るにあたり、片手間だったけれど、誇りを持って、本格的に取り組み始めていただいた方もいます」と嬉しそうに話す。

特産の山ブドウを生かしたワインが注目を集めている。野田村を訪れた人々の「ワイナリーを建てたら」という声を実現。所長はソムリエとして働いた経験を持つ坂下誠さん。ワインは独特の酸味と樽香が味わい深い。

ワイナリーは隣接する観光坑道の旧・野田玉川鉱山をワインの貯蔵庫として活用しているのも面白い。

現在従業員は3名で、2018年は1万8,000本、2019年は1万5,000本を醸造した。ワインは山ブドウの酸味がありながらも、果実味がしっかりとして程よいバランスである。地元・三陸の魚とも相性抜群で、三陸鉄道でもワインと料理を提供するレストラン列車の試みが進んでいる。海の幸ではなく“風”の恵みを受けたワインの未来が楽しみである。

野田村の住宅地が高台移転したことにより新設された十府ヶ浦海岸駅。
村のマスコットキャラ「のんちゃん」(鮭の稚魚)が可愛い。

そして美食と絶景を満喫した旅も、まもなく終わりだ。最後に宮古駅では、3人の新入社員の方にも出会えた。ひとりは「震災の時に何もできなかった自分がいて」と志望動機を教えてくれた。

入社式を終えた3人の新入社員。右から佐々木翔太さん、佐々木瞳さん、浅田俊樹さん。
開業以来、三陸鉄道を支えてきた冨手淳さん。“さんてつ”は次世代へと受け継がれる。

自然の恵みと共に、沿線ではそれぞれの夢と共に人々が生きていることをあらためて感じる旅だった。これからも“さんてつ”が三陸を走り続けることを願いたい。

撮影◎米屋こうじ

多くの旅人を乗せて走り続ける 36年間の歩みに思いを馳せて

昭和59年(1984)4月1日、宮古駅で行われた三陸鉄道の開業式。
同じく久慈駅での一番列車出発式の風景。
多くの人で賑わっている開業式当日の宮古駅前。
開業時から活躍してきた車両を、2002年にこたつなどを備えた「お座敷列車さんりくしおかぜ」として改装。大人気となったNHKの朝ドラ「あまちゃん」にも登場した。2016年に惜しまれつつも引退し、後継車両へと受け継がれた。
2017年10月のこたつ列車。

三陸鉄道リアス線、沿線の絶品グルメ

“釜石漁火酒場かまりば”の居酒屋「浜ちゃん」

浜ちゃん(はまちゃん)
岩手県釜石市大町1-3-9 
電話/090-9744-9364
営業時間/11時~14時、17時~21時
定休日/日曜
アクセス/「釜石駅」より徒歩約15分

宮古駅近くで味わえる絶品寿司「寿司うちだて」

寿司うちだて(すしうちだて)
岩手県宮古市大通4-3-3 
電話/0193-63-4334
営業時間/11時30分~23時30分
定休日/日曜 
アクセス/「宮古駅」より徒歩約5分

女将たちが出迎えるアットホームな宿「浄土ヶ浜旅館/味処 海舟」

女将たちの温かなもてなしが魅力の御宿。

浄土ヶ浜旅館/味処 海舟(じょうどがはまりょかん/あじどころ かいしゅう)
岩手県宮古市築地1-1-38 
電話/0193-62-1319 
宿泊料金/1泊2食付9,800円~ 
アクセス/「宮古駅」より車で約5分
※味処 海舟は営業時間/11時30分~15時、17時~22時、定休日/月曜

日本一の山ブドウで醸すワインが誕生!「涼海の丘ワイナリー」

涼海の丘ワイナリー(すずみのおかわいなりー)
岩手県野田村玉川5-104-117 
電話/0194-75-3980 
アクセス/「野田玉川駅」より徒歩約15分
※テイスティングルームは4月末~8月まで営業予定(営業時間は10時~17時、土日祝日のみ)
※施設内の見学は事前予約が必要

磯の香り漂う海鮮ラーメンが人気「お食事処 十府ヶ浦」

ぜひ味わいたいのが地元の海産物を使った「海鮮ラーメン」(1,300円)。肉厚のホタテは食べ応え抜群で、エビやウニ、イカなどの具材が盛り沢山の一品。磯の香り漂うあっさりとしたスープも美味。各種丼ものや定食も充実。

お食事処 十府ヶ浦(おしょくじどころ とふがうら)
岩手県野田村野田第19-111 
電話/0194-78-2532 
営業時間/11時〜15時、17時〜21時 
定休日/不定休 
アクセス/「陸中野田駅」より徒歩約10分

三陸鉄道リアス線

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いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。

我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。

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