歌人・大田垣蓮月に由来する
趣深い豆腐料理の専門店

風流な名称に惹かれ、店の暖簾をくぐる。京都を代表する料理のひとつでもある豆腐料理。新旧様々な店があり、どこへ足を運ぼうかと悩むところだが、この店の、豆腐ではなく“豆富”と書く粋な例えと、幕末の歌人・大田垣蓮月に由来する店名にまず心が動かされる。

店は明治33年(1900)の創業時から知恩院と青蓮院門跡を目の前にする東山エリアの静かな場所にある。それぞれの寺域の木々と溶け込むような佇まいは情緒たっぷり。

例えば春は、座敷の窓から知恩院の桜が借景となって眺められる。華やぐ景色と共に味わう豆富料理はまさに贅沢そのものだろう。

店名由来の大田垣蓮月は知恩院山内華頂宮譜代の息女として育ち、歌人、陶芸家として名を馳せた人物である。豆腐が大好物で「おかべとお野菜さえあれば何も要らぬ」という言葉を残したほどだった。“おかべ”とは京言葉で豆腐のこと。白壁=おかべに例えて、そう呼ぶのだそうだ。

品書きは季節で内容が少し変わるものの昼食は「とうふ料理コース」(3000円)ひとつのみ。生麩のしぐれ煮、滝川豆富、かにみそ豆富、生麩田楽、豆富グラタン、ゆば煮と高野豆富、湯どうふなど豆富づくし全10品が膳を賑わす。夜は生ゆばが増えて11品になる。

「蓮月尼が好んだお豆腐を、様々な形の料理で味わっていただきたいのです」と、語る主人の黒川篤さんは店を引き継ぐ四代目。

創業時は甘酒茶屋として開業した。その後、甘酒と湯豆腐を提供する店として長く歴史を刻んできたが、現在は甘酒をやめて豆富料理専門店に。店も往時の面影を残しつつリニューアルした。

因みに豆腐を豆富の字にあてたのは初代の頃からで、滋味に富んだ豊かな味わいは、後者のほうが相応しいという思いからだったという。

「お豆腐は白川の“山崎豆腐店”、湯葉は清水五条坂の“ゆば泉”から毎朝仕入れています。豆腐も湯葉も素材がいいからこそ料理も引き立てることができるんですね」。

定番の湯どうふは木綿と絹ごしの中間の口当たり。秘伝の出汁にくぐらせて口中に運ぶと、つるんとした舌触りと大豆のふくよかな甘みが広がった。

豆腐というシンプルな素材をここまで豊かな料理に仕上げる主人で料理人の黒川さん。創意工夫を凝らしたその一品一品は、どれも個性豊かで味わい深いものばかり。

さて、蓮月尼がもしこれらを食したなら、どんな感動の言葉を綴るだろうか……。