哲学の道散策と合わせて訪れたい、気鋭の名店

琵琶湖疏水沿いに続く、哲学の道。明治以降、文豪や哲学者が好んで散策した自然豊かなこの小径は、南は永観堂にほど近い冷泉通の若王子橋から北は今出川通の銀閣寺橋まで、約1.5kmにわたり延びている。春の桜並木の美しさで知られるが、冬の今もそぞろ歩けば、様々な花を見かける。ピンクの山茶花に艶やかな赤い実の南天。薄桃色の冬桜が頭上に現れたり、足元に金色のつわぶきの花が散らばっていたりする。

南禅寺の辺りでそんな花探しの足先を西に向け、鹿ケ谷通へ出ると、その街角に白梅を思わせる清楚で控えめな暖簾が見つかる。平成30年(2018)2月の開店後、2019年、2020年と2年続けてミシュランに一ツ星の店として掲載された、気鋭の日本料理店「藤井」。実はここでの食事を楽しみにして、ゆるゆると散歩を楽しんできたのだ。

鹿ケ谷通に面して佇む「藤井」。シンプルで潔い外観と暖簾のデザインにも、藤井さんの美意識が現れている。

そっと暖簾をくぐり戸を引くと、白を基調とした端正な空間美に迎えられた。主人は、京都生まれの料理人・藤井孝之輔さん。

「坪庭と座敷がある一軒家で店をやりたかったんです。御所南や祇園辺りでは、とても無理で(笑)。ならばわざわざ来ていただける店を作ればいいと、ここで。静かで、落ち着いていて、実家も近くて(笑)。いい場所だったなと思います」

古い木造の一軒家を改装した店内には、6席が用意されたカウンターと、隅々にまで水が打たれた坪庭を眺める畳の座敷、椅子席の個室が一つずつ。小体ながら、しつらえの全てに神経が行き届いているのがわかる。聞けば、藤井さんは「高台寺 和久傳」での3年間の修業を皮切りに、木屋町の「日本料理 櫻川」で5年間、和久傳が手がける「はしたて」で5年間研鑽を積み、さらに祇園四条の「水円」で5年間、料理長を務めあげてきた方だという。寡黙だが、何かを聞けば一つひとつ真摯に答えてくれるその姿に、料理への期待も高まる。

坪庭を眺める掘りごたつスタイルの座敷。
子席の個室も1室用意されている。「どのお席も、一番大切な特等席だと感じていただければと思って、設計を工夫しました」と藤井さん。
明るい店内に花の彩りが映える。

カウンター席で、冷酒を味わいつつ料理を待つ。やがて先付が供された。折敷の上に置かれたのは、真っ白な晒しの包み。

「どうぞ、ほどいてみてください」
言われるままに結び目をほどくと、中から蓋物が現れた。開けると、自家製のからすみが添えられた飯蒸し。晒しは膝にかけて使う、という洒落た趣向だ。滋賀県産のもち米にからすみの控えめな塩気が心地良くのり、騒いでいた腹の虫がまず、なだめられる。続いての椀物は、すっぽんの玉じめ。えんぺらと身だけを炊いた上品な椀だねに、焼きねぎと芹、ふんわりとした卵を纏わせていただく。

夜の会席コースの最初に供される先付。晒しの中には塗りの蓋物が。
おろしたての山葵のいい香りが、カウンターいっぱいにに漂う。蒸し物の銀餡にそっとのせて。

蒸し物は、冬らしいキンキの蕪蒸し。染付けの器に、ワサビの緑と銀餡が映えて、目にも美しい。そして扇面をかたどった塗りの皿で供された揚げ物は、さっくり、ふんわりの両方の食感が楽しい胡麻豆腐と、海老芋、レンコン、そして春を予感させる菜の花の天ぷらが並ぶ。

ふっくらとした蕪蒸しとキンキの甘みが嬉しい、蒸し物。
「スッポンの玉じめ」。たっぷりと美味しい出汁が味わえるひと品だ。
店の名物「胡麻豆腐と野菜の天ぷら」。扇形の皿にも京の風情を感じる。

「当たり前ですが、その時美味しいもの、旬のものを、全国から仕入れるように心がけています。京都の中央市場はもちろん、街中の八百屋さんでも買いますし、宇治で畑をやっている野菜農家さんからも美味しいものが入るんです。一度、食べに来てくださって、プロの目から見てうちの野菜はどうか見てほしいと。それがご縁となって。これからは蕪、水菜、春菊がいいですね」

食材の話となると、言葉があふれ出す藤井さん。カニの話、南丹で肥育されている平井牛のこと……。食材への情熱、確かな仕事、徹底した美意識が三位一体となって生む日本料理の美しさ、味わい深さを、ぜひ味わっていただきたい。

月替わりの昼会席は5000円/7000円、夜会席は1万5000円/2万円~。お品書きはないが、希望する食材があれば予約時に相談してください、と藤井さん。季節の食材を添えた飯蒸し」(夜会席のみ)。この日は自家製からすみが添えられていた。

文/奥 紀栄 写真/遠藤 純