今夏開催の東京オリンピック。この大会名を聞くと、戦後復興の象徴だった1946年の東京オリンピックが思い返される。懐かしい昭和のオリンピックはどのように決定し、開催されたのか。その歩みを解説したい。

1964年の東京オリンピックを振り返る

日本初のオリンピック招致は、1964年開催のオリンピックが最初ではない。実は、1936年(昭和11年)、日本は初めて1940年開催のオリンピック招致に成功した。

しかし世の中は日中戦争から第二次世界大戦へと流れ、日本は世界から孤立。東京オリンピックは返上することになり、幻の大会となってしまう。この年は代替地ヘルシンキでの開催も見送られ、オリンピック自体が行われなかった。

そして戦後、日本水泳連盟会長の田畑政治を中心に、日本スポーツ界はオリンピック招致運動を開始する。

1958年に第3回アジア競技大会を東京で行い、国際総合競技会を開催する実績を重ねるなど、国際オリンピック委員会にアピールしながら1960年の大会に立候補するも落選。次の1964年にやっと招致に成功した。アジア初の大会であり、敗戦後19年目でのオリンピック開催だった。

オリンピックに向けて、高速道路や新幹線など交通網の整備、競技場の新設など、準備に巨額な資金が投じられる。公表された予算は、1兆円以上だった。

壮大な準備を整えて開かれたオリンピックは、素晴らしい開会式や閉会式、スムーズに執り行われた各競技、選手村運営の見事さなど、各国選手や役員を驚かせた。世界初の人工衛星によるオリンピックの同時中継も大成功だった。東京オリンピックにより、日本は世界中に戦後復興をアピールすることができたのだ。

先人の熱い思い、東京オリンピックで生まれたもの

オリンピックを行うためには世界レベルの競技場が必要である。東京オリンピックに向けて、その競技に応じて当時の最新技術を取り入れた競技場が各地に建設された。

国立代々木競技場では競泳やバスケットボールが行われた。建築家丹下健三の設計で、2本の柱で屋根を吊り下げる独特の構造だった。美しいアーチを描く屋根は、当時のIOC会長に絶賛されている。

国立競技場は、東京オリンピックの開会式会場となった場所である。オリンピックのために、スタンドの拡充など整備が行われた。2020年開催の東京オリンピックに向けて56年に及ぶその歴史に幕を下ろしたが、新国立競技場が2019年11月に完成。新しい歴史を紡ごうとしている。

また、この大会から正式種目となった柔道のために、日本武道館が作られた。今でも武道競技の聖地であり、コンサートも行われ、広く親しまれている。

さらに競技場だけでなく、東海道新幹線、東京モノレール、首都高など、国内の交通インフラも整備された。東海道新幹線が開通したのは、東京オリンピック開会式のわずか10日前とギリギリの開業だった。

こうして1960年に開催決定してからの5年間で、莫大な予算を注ぎ込んでオリンピックの準備が整えられた。その経済効果により日本経済は急成長を遂げ、戦後復興を成し遂げることができたのである。この下地があったからこそ、2020年の東京オリンピック招致も成功したに違いない。

今夏の東京オリンピックの開催は予断を許さない状況だが、事態が好転することを願うばかりだ。