16483【コロナ収束後に絶対観ておきたい】2019年アメリカ映画界の「事件」と話題になり、批評サイトで『満足度100%』という驚異的な評価を出した映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」とは?|前田有一(映画評論家)

【コロナ収束後に絶対観ておきたい】2019年アメリカ映画界の「事件」と話題になり、批評サイトで『満足度100%』という驚異的な評価を出した映画「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」とは?|前田有一(映画評論家)

男の隠れ家編集部
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“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評” を展開する、映画評論家の前田有一氏によるコラム。今回は、当初アメリカでわずか17館で上映し始めたが、その内容が観客の心をわしづかみにし、瞬く間に1490館まで拡大したことで大きな話題となった映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』を紹介する。
目次
どん詰まりの人生を送る似た者同士の3人は、旅のなかで互いに足りないものを補完し合い、やがて絆を強めてゆく。

昨年の全米映画ランキングで、地味だが注目を集めた作品がある。わずか17館でスタートするも支持を広げ、6週目には1490館まで拡大公開、関係者を驚かせた。映画興行の世界では時折こうした「事件」が起こるが、例外なくいえるのは、このような「大出世」を遂げた小品は、観客の圧倒的支持と共感を勝ち得た作品ということだ。

その感動ドラマ『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』は、ダウン症の青年ザックと、兄を失った漁師タイラーの2人の旅路を描くロードムービー。途中からザックを追ってきた看護師エレノア(ダコタ・ジョンソン)が加わるが、3人には家族との別れを経験したという共通項がある。それぞれ人生に行き詰っており、すべてを投げ捨て、おぼろげな希望に向かって歩いてゆく。

カナヅチのザックと川を泳いで渡り、手作りのイカダを作り、ときには銃撃を潜り抜け……彼らの道程は意外な大冒険に満ちている。と同時に、素朴な人情や思いやりにあふれ、誰もが心癒される。迫りくる追っ手からは、そんなささやかな幸福感を吹き飛ばす破滅の香りが漂うが、はたしてどんなラストが待ち受けるのか。アメリカの批評サイトでは満足度100%という驚異的な評価を得たが、それも納得できる好感度の高い出来栄えとなっている。

これほどに大衆から支持される理由は、本作が「多様性」を肯定する現代的なテーマを持つからだろう。移民排斥やブレグジットなど、分断が強まる社会情勢に不安を感じる人たちが今増えており、そうした人々はこのような映画に心底励まされる。

その「多様性」を象徴するのが主演のダウン症俳優ザック・ゴッツァーゲンで、そもそも本作は共同監督・脚本を手掛けたタイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツが、障害者キャンプで偶然ゴッツァーゲンと出会い、映画俳優になりたい彼の夢を聞いたことがきっかけで製作されたものだ。

ダウン症患者はテレビを見ながら歌ったり踊ったりする子が多いと言われ、好きが高じて芸能を目指す人も少なくない。ゲイカップルとダウン症の少年が家族となる『チョコレートドーナツ』(12年、米)、ダウン症の息子を育てる母が主人公の『カフェ・ド・フロール』(11年、加・仏)など「当事者俳優」が出演した作品も多い。

なかでも有名なのはベルギーの名匠ジャコ・ヴァン・ドルマルの『ミスター・ノーバディ』(09年、仏ほか)、『八日目』(96年、ベルギー・仏)などに出演し、後者でカンヌ映画祭・最優秀男優賞を受賞したパスカル・デュケンヌだろう。彼は障害に苦しみつつも発声から訓練し、今では一流俳優の仲間入りを果たした。「自分の力で生きる事こそ人生だ」とは彼の言葉だ。

映画初主演のザック・ゴッツァーゲンは、シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソンら名だたる実力派にひけをとらぬ演技力を見せる。

近年ハリウッドではホワイトウォッシングといって、有色人種の役を白人が演じるキャスティングは批判されがち。ならば障害者の役だって、当事者が演じるべきではないか、との段階まで議論は進んでいる。

海外でこうした世論が醸成されているのは、関連団体がロビイ活動を活発に行うからだ。LGBT運動なども同様だが、映画やドラマに「当事者」がどれだけの比率で出演しているかを毎年調査する団体がいくつもある。それが異様に低い数値の場合、データを公表し、ときには厳しく糾弾する。

米国には障害のある人が20~25%の割合で存在するとされる。一方、19年のテレビドラマに出てきた障害のあるキャラクターは3.1%。こうした状況を改善すべきとの議論は、トランプ米大統領の登場以降、活性化している。17年には障害者のみを募集する初の全米オーディションも行われ、そうした流れの先に『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』のヒットもある。

これらの運動は、特別扱いでなく、あくまで公平・同等の扱いを求める点が特徴的で、じつはこの映画もそれが主題だ。「お前は五輪選手にはなれない。だが力は強い、何かやれるはずだ」とザックに語るタイラーの台詞は、障害の有無ではなくすべてのにんげんに当てはまるメッセージだろう。

障害者を積極的に起用するオスカー監督ピーター・ファレリー(『グリーンブック』[19年、米])も「偽善的ないい人扱いでなく、悪役含めたあらゆる障害者役を“当事者”に演じさせる」のが大事と語る。排除せず公平に働くチャンスを与えるべきとの主張は、先述のパスカル・デュケンヌをはじめ、言葉は違えど多くの当事者が言っている。

本作の主演のゴッツァーゲンも、本作中の10mもの飛び込みを含むアクションシーンを、スタントマン起用を拒否して自ら演じた。特別扱いをよしとしないその責任感こそが迫真の演技となり、結果的に多くの人々の胸を打ったわけだ。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』
<STORY>
ダウン症のザック(ザック・ゴッツァーゲン)は、VHSで見た憧れのプロレスラーに入門するため施設を抜け出す。最愛の兄亡き後、人生を見失っていた漁師のタイラー(シャイア・ラブーフ)と偶然出会い、旅を共にするうち意気投合するが、彼らは共に追われる身だった。

2月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
配給:イオンエンターテイメント
制作国:アメリカ 監督:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ
出演:シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ザック・ゴッツァーゲン、ジョン・ホークス、トーマス・ヘイデン・チャーチほか
© 2019 PBF Movie, LLC. All Rights Reserved.
※上映スケジュールはご確認ください。

【文/前田有一】
自身が運営するHP「超映画批評」で“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評”を展開。雑誌やテレビ番組でも精力的に活動。著書に『それが映画をダメにする』(玄光社)。

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