27112【超映画史批評】『もったいないキッチン』で世界最大級の食品ロス大国・日本を旅する|前田有一(映画評論家)

【超映画史批評】『もったいないキッチン』で世界最大級の食品ロス大国・日本を旅する|前田有一(映画評論家)

男の隠れ家編集部
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“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評” を展開する、映画評論家・前田有一氏によるコラム。今回紹介するのは、フードロスをなくすための食のロードムービー『0円キッチン』(2015年)で話題となったダーヴィド・グロス監督による最新作。前作のヨーロッパから、“もったいない精神”の国、日本へ舞台を移し、改造キッチンカーで日本中を旅をするドキュメンタリー映画だ。
目次

ドキュメンタリー映画の中でも、食に関するものはとても多い。そして、改めてその歴史を見ると、このジャンルはおもに三つに分類できることに気づく。

一つ目は、各国のユニークな食文化を見せる「紹介系」。二つ目は、食に関する社会問題を追及する「批評・批判系」。そして最後は、特定の思想や宗教的主張を伝播させる目的の「プロパガンダ・洗脳系」だ。

ところが『もったいないキッチン』(20年・日)は、そのどれにも属さない珍しいタイプの作品であった。

この映画は、フードアクティビストのダーヴィド・グロス監督が前作『0円キッチン』(15年・オーストリア)に続き、自前のキッチンカーで旅に出る、いわば食のロードムービー。前作の舞台はヨーロッパだったが、今回は日本だ。

じつは前作のプロモーションで来日した監督から私は、「こうして日本に来て、あなた方の“もったいない精神”に出会い感銘している、だから次はこの国で撮るよ」と直接聞いていた。映画関係者が日本に来ると、大抵このくらいのリップサービスはするものだが、彼は本気だったというわけだ。そんなわけで個人的にダーヴィド監督には、この業界には珍しい(といってはなんだが)、誠実な人物との印象を持っている。

ⒸMacky Kawana

映画の話に戻ると「廃棄予定の食材をおいしく調理して皆で食する」コンセプトは前作と一緒だが、面白い事にこの日本版では、そのルールが途中から曖昧になり、むしろ日本の思想性や独特の哲学を発見、リスペクトする内容に変わっていく。本来は、食品ロスという社会問題を暴き出すのが目的だったはずなのに、いつしか監督自身が内面を見つめ直す旅へと変わってゆく。

これはなかなか新鮮で、そしていかにも真面目なこの監督らしいと感じさせられた。

ⒸMacky Kawana
ⒸUNITED PEOPLE

本作の穏やかさ、心地よさに比べると、近年の食ドキュメンタリーはあまりにセンセーショナリズムに毒されていると言わざるを得ない。

これは3分類ともに共通する傾向で、例えば「紹介系」には『エル・ブリの秘密世界一予約のとれないレストラン』(11年・独)という作品がある。今は閉めてしまったが、当時エル・ブリといえば45席しかないシートに年間200万件の予約が殺到する、世界一の人気を誇ったレストラン。ここのシェフ、フェラン・アドリアは食材を窒素冷却してムース化する料理で知られ、世界中に同じ調理法のブームを巻き起こした人物だ。

本作はそんなフェラン氏の料理の魅力と同時に彼の開発の苦悩を伝える良作だ。とはいえ、これほど革新的なレストランのドキュメンタリーを作られてしまった事で、この分類でこれ以上の驚きを作り出すことはもはや困難。結局これ以降、本作以上の衝撃を与えた作品はほとんどない。

「批評・批判系」はさらなるレッドオーシャンだ。ジャンルは違えどマイケル・ムーアという最高の成功例があるため、ある意味ヒットの様式美が定まっている点が大きい。

遺伝子組み換え食品や食品添加物、残留農薬等、ネタも尽きないから参入も多い。大企業による食の工業化を批判して米アカデミー賞にノミネートされた『フード・インク』(08年・米)。ファストフードの害を調べるため30日間食べ続ける人体実験『スーパーサイズ・ミー』(04年・米)などが典型例だ。面白いし社会的意義も高いが、特定業界や企業の批判一辺倒になりやすく、見るのにエネルギーが要る。

「プロパガンダ・洗脳系」は近年増えているがあまり一般には知られて(気づかれて)いない。日本の鯨食文化をひたすらディスる『ザ・コーヴ』(09年・米)、肉食を悪と決めつけ、菜食主義こそ唯一の正しい食事と喧伝する『ゲームチェンジャー:スポーツ栄養学の真実』(19年・米)などがある。

一見「批評・批判系」に似ているが、特定団体や思想勢力が、明確な“布教”目的で作っている点が異なる。たとえば前者は反捕鯨団体シーシェパードの関係者と金で作られたものだし、後者もタイトルとは裏腹に、学術的とは程遠い狂信的な菜食主義思想の喧伝作品だ。

怖いことにどちらも非常に影響力が強く、前者は米アカデミー賞を受賞。後者は名だたる五輪選手や、ジェームズ・キャメロンなど映画界のセレブをすっかりその気にさせ、社会現象的菜食ブームを巻き起こした。

これら劇薬(毒薬?)映画が群雄割拠する中で、『もったいないキッチン』が“第四分類”を切り開けたのは、やはり監督の穏やかな人柄のなせる業というべきか。鑑賞後の味わいがすこぶるよい、オーガニック料理のような味わいの映画だから、口直しの意味でも一度味わってみるといい。

ダーヴィド・グロス監督は、日本人の母を持つ塚本ニキ(左)をナビゲーターに、日本各地の「もったいない」精神をたどってゆく ⒸUNITED PEOPLE

『もったいないキッチン』
廃棄食糧問題に関心を寄せ続けるダーヴィド・グロス監督は、日本で「もったいない」という言葉に出会い感銘を受ける。だが一方で、日本が世界有数の食品ロス国であることを知った監督は、その謎と各地の取り組みを知るために、改造したキッチンカーで旅に出ることにした。
日程:2020年8月8日(土)〜
   シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー 
配給:ユナイテッドピープル
製作国:日本
監督・脚本:ダーヴィド・グロス
出演:ダーヴィド・グロス、塚本ニキ、井出留美 ほか
公式HP:https://www.mottainai-kitchen.net
※上映スケジュールは公式HPをご確認ください。

【文/前田有一】
自身が運営するHP「超映画批評」で“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評”を展開。雑誌やテレビ番組でも精力的に活動。著書に『それが映画をダメにする』(玄光社)。

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