秘湯ファンを惹きつけて止まない場所がある。秋を感じながら歩いて向かうのは八ヶ岳・硫黄岳の中腹。そこは歩いたからこそ辿りつける日本一高い場所の野天風呂がある宿だった。

色づく原生林の中を歩き野趣満点の温泉を目指す

標高2150m、日本最高所にある野天風呂。そう聞いただけで温泉好きの体と心が騒ぐ。南北約30㎞に主稜線を連ねる八ヶ岳の東側、硫黄岳の中腹に湧く「本沢温泉」が目指す宿である。

北アルプスで登山者の人気を集める野天風呂を持つ白馬鑓(はくばやり)温泉が標高2100mなので、本沢温泉の野天風呂は50m高いところに位置していることになる。しかし、目的地までの道のりは白馬鑓温泉の方が長くきつい。本格的登山装備も必携となる。

一方、本沢温泉は麓の駐車場からアップダウンの少ない山道をハイキング気分で歩き、最短約1時間40分で到着。しかもこちらは通年営業なので、四季折々に山歩きと温泉が楽しめるのだ。

本沢温泉へは様々なルートがあるが、一般的には松原湖側の林道の本沢温泉入口から。ここまではタクシーで入れるほか駐車場もあり、ここからは約2時間15分の道のりだ。また四駆車ならさらに林道ゲートまで入ることもでき、最短ルートの起点がここになる。しかし、今回は秋の紅葉をたっぷり満喫する山行を計画。北側の稲子湯から、みどり池を経由して本沢温泉へと至る約3時間30分の行程をのんびりと歩くことにした。

瞳に映る美しい秋の木々に足が弾む

稲子湯も八ヶ岳山麓の秘湯のひとつで、外来入浴もできる一軒宿だ。町営バスがアクセスしており、この登山口からは中山峠を経て天狗岳を目指す登山者が多い。宿の前からすぐに原生林に囲まれた登山道へ入り、みどり池入口のポイントへと至る。しばらくは緩やかな登りを軽快に歩いていく。生い茂るシダの林床の中に延びる道、天に向かって整然と立ち並ぶカラマツ林、ふと足を止めさせるのは名も知らぬ小さなキノコやコケ、赤い実……。

カラマツは少しずつ黄色味を帯びてきているようだが、11月の黄葉の最盛期、下旬にかけての散り際は黄金色の輝きを放つ。9月下旬から徐々に色づき始めるナナカマドやサラサドウダンの赤色、そしてカツラやシラカバの黄色。カラマツは紅葉の終章を飾るように最後に色を染め、八ヶ岳周辺では11月いっぱい色を残してくれるという。道は屏風橋ポイントからこまどり沢の渓流の南側を登っていく。かつて森林軌道として使われたトロッコレールの残る道をたどった。

登山道を抜けて池畔の「しらびそ」小屋で一休み

こまどり沢からみどり池まで急坂をジグザグに登っていく。あたりは倒木が増え、枯木はコケに覆い尽くされている。木々はシラビソやコメツガなどの針葉樹に変わってきた。

出発からおよそ2時間15分でみどり池に到着。小さな池の畔にはしらびそ小屋が立ち、ひと休みするのにちょうどいい。池には北八ヶ岳の名峰・天狗岳の勇姿が映り込むが、この日はちょうど霧に包まれ、姿を見せてはくれなかった。

みどり池からは夏に赤い花をつけるクリンソウの群生地や木道の敷かれた湿地帯、クマザサの斜面が広がる樹林帯を1時間余上り下り。足に疲れが出てくる頃、目的地の本沢温泉へとたどり着いた。

夏沢峠路の湯治場として賑わったかつての八ヶ岳の温泉旅館

木造2階建ての本沢温泉の建物は、いわゆる山小屋とは異なる湯治場的な風情。今は利用客のほとんどが登山を楽しむ人たちだが、かつては八ヶ岳の西側の茅野と、東側の小海を結ぶ夏沢峠路の道筋の温泉旅館だった。

標高2443mの夏沢峠は現在、硫黄岳などへの登山分岐点だが、驚くことに昔は馬も行き交う交通の要衝で、明治7年(1874)に、本沢温泉初代・原田豊三郎の叔父・源吉翁が切り開いた道だった。

徒歩のみの道筋こそが秘湯ファンを魅了する

「夏沢峠から茅野までは、今も営業する夏沢鉱泉のほか、茶屋が3軒もあったそうです」と話すのは、4代目女将の矢島初子さん。本沢温泉は道往く人が温泉で疲れを癒したり、湯治客で賑わった場所だったのである。温泉宿の創業は明治15年(1882)。

 昭和になると鉄道や道路の交通網が発達。夏沢峠路はやがて八ヶ岳への登山道に変わったが、温泉の素晴らしさは変わることなく、また、今も歩いてしか行けないという状況が秘湯ファンを惹きつけている。

開放感抜群の野天風呂に浸かり自然と一つになる

湯川の渓谷沿いの野天風呂は、岩の間から自噴する湯を湯船にそのままかけ流しの野天風呂は硫化水素泉の白濁湯。宿の内湯は赤茶色の炭酸水素塩泉とそれぞれ泉質が異なっている。また八ヶ岳周辺は鉱泉が多いなか、本沢温泉は唯一の温泉という貴重な存在でもある。

さっそくその日本一の高所にある 野天風呂に入浴。板で囲っただけの簡素な湯船だ 、開放感はこれ以上にないほどにダイナミックで野趣満点!白く滑らかな湯は肌にまとまわりつき 、体の奥へじわりと染み入るような心地よさだ 。

目線の先には硫黄岳北面の爆裂火口が荒々しい岩肌を見せている 。湯川の川下の方向にはガスも湧いてきていたが 、それはまさに”雲上の湯〞を実感する瞬間でもあった 。力強き自然との一体感。夢心地とはまさにこのことなり ……。


本沢温泉
・長野県南佐久郡南牧村海尻 国定公園内
・URL:http://www.yatsu-honzawaonsen.com
・TEL:090-3140-7312/0266-72-3260(事務所)
※お問い合わせにつきましては、上記連絡先にお願いします。
・営業期間:通年
・泉質:硫化水素泉、炭酸水素塩泉
・風呂:男女別内湯各1、混浴野天風呂1
・日帰り入浴:野天風呂600円
※詳細は上記にお問い合わせください。