49541この日 何の日? 8月28日〜国産初の「ヴァイオリン」が完成〜 明治13年、東京・深川の琴三味線職人が製造

この日 何の日? 8月28日〜国産初の「ヴァイオリン」が完成〜 明治13年、東京・深川の琴三味線職人が製造

男の隠れ家編集部
編集部
目次

日本で初めて「ヴァイオリン」を製作した人物については諸説あるが、8月28日は、明治13年(1880)に東京・深川の琴三味線職人・松永定次郎が国産「ヴァイオリン」第1号を完成させた日に当たるようだ。

16世紀初頭に誕生した「ヴァイオリン」が日本に入ってきたのは、19世紀半ばの江戸時代末期のことだった。日本人と西洋楽器の歴史とともに和製「ヴァイオリン」の黎明期を振り返る。

日本人と西洋楽器の出会い

日々戦場から戦場へ、血なまぐさい殺伐とした荒野を闊歩した戦国の武士たちに西洋楽器の音色はどのように聴こえただろうか。

戦国時代の真っ只中に来日した宣教師たちは、西洋の音楽とともに様々な楽器をもたらした。

『聖フランセスコザベリヨ書翰記』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

天文18年(1549)7月に日本の土を踏んだイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルは、布教活動のなかでキリスト教の礼拝に不可欠な音楽も伝授している。2年後の天文20年4月、周防に教会を設立した彼は領主・大内義隆に「クラヴィコード」(鍵盤楽器)と思われる楽器を贈っていた。

それから約10年後の永禄5年(1562)には、宣教師の教えを受けた豊後の少年たちが領主・大友宗麟の前で、脚で挟んで構える「ヴィオラ・ダ・ガンバ」(擦弦楽器)の演奏を披露している。

さらに天正7年(1579)に来日したイエズス会巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが創立した「セミナリオ」(教育機関)には「オルガン」が設置された。

『肖像』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

戦国の覇王・織田信長は安土城下の「セミナリオ」を訪れては「オルガン」の音色を楽しみ、肥前有馬の「セミナリオ」で学んだ伊東マンショら4人の少年は遣欧使節としてヨーロッパへ渡り、ポルトガルのエヴォラでは「オルガン」の演奏をおこなっている。

『肖像』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

また彼らは帰国後の天正19年3月に京の聚楽第で天下人・豊臣秀吉に謁見し、「クラヴィコード」や「ヴィオラ・ダ・ガンバ」などを用いて合奏した。このとき秀吉は3度アンコール演奏を所望したという。

西洋楽器が奏でる音色は、戦に明け暮れていた戦国時代の人々の心をつかんだようだ。

しかしこのあと、江戸幕府による慶長18年(1613)の禁教令、寛永16年(1639)の鎖国政策により、西洋の音楽と楽器は表舞台から姿を消す。

和製「ヴァイオリン」の誕生

現存する世界最古の「ヴァイオリン」は、1565年頃に北イタリアの楽器職人アンドレア・アマティによって製作されたものといわれている。

「ヴァイオリン」の起源は諸説あるが、1520年頃に誕生し、1550年頃には音楽家たちのあいだで広く普及した。ちょうどザビエルが日本に到着した頃だ。

そんな「ヴァイオリン」が日本に入ってきたのは、それから約300年後、幕末の開国直後のこと。初めて弾かれたのは横浜の外国人居留地だったとか。

この間、江戸時代の日本で発達した楽器が「三味線」だ。

「欧米には三味線に似た、とても美しい音を奏でる楽器があるらしい」

文明開化の風に乗り、そんな噂が東京・深川で琴や三味線の製造を生業にしていた松永定次郎にもたらされた。

定次郎の手によって「初めてヴァイオリンを製造せり。実に(明治)十三年の八月なり」と、石井研堂の『明治事物起原』にはある。

明治時代の教本『ヴァイオリン独習の友』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

そしてこの「ヴァイオリン」と運命的な出会い果たしたのが、のちに「鈴木バイオリン製造」を創業し、“日本のヴァイオリン王”と呼ばれる鈴木政吉だ。

愛知県尋常師範学校の音楽教師・恒川鐐之助に師事していた政吉は、ここで同門の甘利鉄吉が持っていた定次郎作の「ヴァイオリン」を目にする。彼もまた、もともとは三味線職人で、さっそく模写して試作にかかり1週間で初号を仕上げたという。

『春雨と三十三間堂 ヴァイオリン二部聯奏』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

定次郎や政吉が「ヴァイオリン」製作を始めたのは、ちょうど文部省内に「音楽取調掛」(近代音楽と音楽教育の調査研究機関)が設置された頃で、より良い音色を求め、多くの職人たちが切磋琢磨しながら凌ぎを削っていた時代でもあった。

『ヴァイオリン独習自在』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

8月28日は、そんな和製「ヴァイオリン」製作に情熱を傾けた彼らに思いを馳せながら、その優雅な音色に耳を傾けたい。            

【参考文献】
・『楽器の事典 ヴァイオリン』(東京音楽社)
・皆川達夫著『中世・ルネサンスの音楽』(講談社)
・齋藤史著「『ヴァイオリン独習自在 速成簡易』―憧れの西洋楽器、ヴァイオリンを弾きたい―」(『国立国会図書館月報』710号)

文/水谷俊樹(作家・漫画原作者)
1979年、三重県尾鷲市生まれ。現在は執筆活動のほか、歴史ジャンルを中心にマンガの企画や監修を手掛ける一方、東京コミュニケーションアート専門学校で講師を務める。主な著作に『CD付「朗読少女」とあらすじで読む日本史』(中経出版)、監修を担当する作品に『ビッグコミックスペリオール』で連載中の『太陽と月の鋼』(小学館)などがある。

編集部
編集部

いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。

我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。

Back number

バックナンバー
More
もっと見る