「旅はひとりがいい」理由。

玄関の前で、はたと考え込んでしまった。乗りたい電車の時間は、刻一刻と迫っている。

もっかの勘案は、履いていく靴をどうするかだった。スニーカーにしようか、長靴にしようか。外を見やると空はきっぱり晴れていてあたたかく、2月だが迎える春の気配さえ感じられた。ただ行き先は長野の山奥。乗換案内で調べると、降りる須坂という駅の横には、ぽちっと雪の印がついていた。今年雪不足って言ってるし、たいしたことないかも。いや、意外と侮れないかも。どっちか。どうすべきか。こういう時、もし家族がいれば「こっちにすれば」とバシッと決めてくれるのかもしれないが、今日も当たり前のように自分で決めるしかない。さんざんっぱら迷ったあげく、履きにくーい長靴に足を通した。

僕はつねづね、ことあるごとに「旅はひとりがいい」と思い続けてきたし、実際してきたし、今も心から、しんしんとそう感じている。理由はいろいろあるが、ひとことで言ってしまえば「自分の好きにできる」からに尽きる。いつ、どこで、どんなふうに過ごしてもいいし、なんならなんにもしなくたっていい。プランは果てしなく自由で柔軟。「自分の好きにできる」って最高すぎるし、みんなも好きに決まってる!と思いきや、そうでもない人が世の中にけっこういてビビる。

高校生時の初体験からから約30年。ひとり旅をした回数は、たぶん100や200じゃきかない(数えたことない)。コツは、自分なりの行かなきゃいけない理由をむりくりでもいいからつけること。そして思い立ったら、すぐに予約をすること。

今回もそうだ。きっかけは、仕事で読まなきゃいけない本がたまったから(そう、それくらいの理由でいい)。「プチ軟禁状態」を作るには、まわりに何もないところが一番!ってことで、長野の高山村というところの宿を選んだ。

行かなきゃ分からないこと

上越長野新幹線に乗り、東京からぐんぐん離れ、群馬県に差し掛かっても、まったく雪は降っておらず、空は青く澄み渡っている。それがしばらく続いたが「次は長野~長野~」というアナウンスが聞こえたとたん、まるで慌てて気づいたかのように雲がたちまちたれこみ、目をパチクリする間に雪景色になった。

長野駅から長野電鉄に乗り換えるまでは30分弱あった。この隙にお昼を食べてしまいたい。そそくさとあたりを見回し、駅ビルにある立ち食いそば屋さんにあたりをつけた。

そこはそば屋なのに清潔でさっぱりと、洒落た感じだった。さっき駅のホームでちら見した、うら寂しげなそば屋とはずいぶんと趣が違う。ただ人の刷り込みというのは厄介で、きれいなところほど中身は「付け焼き刃」でいまいち、うらぶれたところほどウマいというイメージでがっちり脳内侵食されている。ただ迷っているヒマはない。さっそく小走りで向かう。

天ぷらそばといなりずしの食券を買い、カウンターに差し出すと、そばはものの10秒もかからず出てきた。いなりはセルフで、ケースから勝手に皿に取るようだ。時計を見る。あと20分。慌ててカウンターを陣取り(そしてちゃんと↓の写真も撮って)えいままよ!と、かぶりつくようにすする。

一気に半分ほど食べてひと息つく。ふと見上げると、店内の壁にパネルが貼られており、そこには創業当時の写真とエピソードが書かれている。

創業者はお店を始めるとき、いろんなお店をめぐっては食べ歩き、おいしいそばとは何かを研究してうんぬんかんぬん……。

それを読んだあと、つゆをすすると、あれ?美味しくないかこれ。醤油感は控えめでだし感が強く、最後に甘みがキュッとくるのも好ましい。そういえば天ぷらもかなり厚めで、サクサクとくずしながら食べる行為も楽しい。ありゃ、すっかり情報に踊らされているし!このバーカ!と、自分を自分でこづく(誰もやってくれないので)。

ゆらゆら揺れる天気と心

長野電鉄で25分。須坂駅に着くと雲はさっと隠れ、雪はほのかにちらつく程度だった。やっぱりこんなもんかぁ、と思いながらローカルのバスに乗る。光は射し、風も吹くので、小粒の雪がきらきら、くるくると舞い踊っている。そこに小鳥の群れが現れ、くるくるっと旋回する。それがなんだが雪の動きとシンクロし、まるでショーを見ているような気分になる。心の中でいいね!を押した。

バスはぐんぐん山を登る。本を読んでいると、急にページに当たる光が強くなった。なんじゃ、陽の光が南国なみに強くなった?と驚いて見上げた。そうではなかった。積もった雪が反射して、あたりが発光しているのだった。

そこは、マジでガチの北国だった。

「やっと降りましたよー」。途中で乗り換えたマイクロバスの運転手さんは、しみじみとした口調でつぶやいた。今年はやはり深刻な雪不足らしく、先週のソリ大会も中止になったという。それだけならまだしも、もっかの心配は春からの水不足。「それに、いつも除雪をしてくれる人の仕事が、今年はないんですよ」冬にちゃんと雪が降るからこそ、めぐっている生活もある。それに改めて気づくのだった。

さらに途中でバスを乗り継ぎ、ようやく目的地である「山田牧場」にたどり着く。ここは牛が自然放牧されている日本でも珍しい牧場で、冬はバックカントリースキーヤーの穴場スキー場として、地味に人気があるらしい。道理で道中、いろんな人に「スキーですか?」と聞かれまくったはずだ。「いや、本を読みに」とは、さすがに言えない。文化系な自分がなぜか恥ずかしくなる。

ヨーロッパのスキーリゾートのような宿

「レッドウッドイン」という名を持つ宿は、見た感じヨーロッパのスキーリゾートにあるログハウスを思わせた。がっちり組まれた丸太はいい感じに年季が入り、本物感と期待を否応なくそそる。そして案内された部屋は、さらにロッジ感あふれる8畳ほどの屋根裏部屋。窓からのぞむは、まっ白けに染まる山の斜面。まさにひとりおこもりするには、ぴったりすぎるシチュエーション。静かにテンションが上がり、かぶっていたニット帽を深くかぶり直す。

そして明るいうちにと、さっさとお風呂に入りにいく。ここの大きなウリは、その名の通りレッドウッドの樹木をくりぬいた露天風呂。なんと直径3.2m!寒さにブルブルと震えながら階段をトントンとのぼり、でっかい木のバスタブによいしょとまたぎ、どっぷんとつかると、な、んあんじゃこりゃー!

地からエネルギーが湧き上がるように湯がぐわんぐわんと動き、ひとりでにお尻が離れる。両手を丸太のふちにかけ、そのまま力を抜くと、ぷかっと身体が浮き上がる。するとパブロフの犬のように口がぽかんとあいて、まわりがドン引くほどのアホ面になる(確認してないが、きっとそう)。もはやこれは、お湯につかっている感覚ではない。あたかも無重力空間にいるような、さらに言えば母親の胎内にいるような、なんとも不思議でぶっちぎりの心地良さなのだった。

物語の世界に完全没頭できる至福

かくして心身ともにとろとろの状態をキープしたまま、それからはずっと本を読んでいた。夕食までの間(外の雪をチラチラ見ながら)、1階のダイニングでの食事中(自家製の燻製料理がスモーキーでウマし)、そして夕食後に部屋で(ひとりなのにワインをボトルで注文したので、余った分を飲みながら)。控えめに言って、本当に素晴らしくいい時間だった。本が面白かったこともあるけれど、物語の世界に完全没頭して、とても分厚い小説を読了できた。なんなんだろう、この達成感。

翌朝、空は晴れていた。ここぞとばかりに山を下りる前、界隈を散歩する。ゆるやかな坂の雪道をザクザクと、音を立てながら足跡をつけていく。

まっさらの積もりたての雪には、光の粒が輝いていた。これを見て、僕は温泉に浮いていた湯の花を連想する。そこから夜中に見た星ともシンクロし、そういえば、昨日の雪もこんなふうだった。どれもキラキラしていたなぁと思い返すと、鼻が思わずつんとなり、やがてクシュンとくしゃみに変わる。

ふと振り返ると、そこには神々しいほどの雪景色が広がっていた。そしてしみじみ思った「長靴履いてきたよかった〜」と。

山村光春 やまむらみつはる
1970年大阪生まれ。カフェや食、インテリア、雑貨、デザイン、海外文化など。暮らしまわりのジャンルにおける編集・執筆を手がけるBOOKLUCK 主宰。
雑誌「オリーブ」を経て、雑誌、書籍、広告を中心に活動。手がけた書籍は「MAKING TRUCK 家具をつくる、店をつくる。そんな毎日」「眺めのいいカフェ」「カフェの話。」(すべてアスペクト)、「おうちで作れる カフェの朝食」(世界文化社)など多数。