越前焼を通じたアメリカ・モンテバロ市との交流

福井県の旧宮崎村・旧織田町(現在の越前町)周辺で焼物の生産が始まったのは平安時代末期とされている。

日本六古窯のひとつで、最盛期の室町時代後期には、全長25m以上もの巨大な窯を造って大生産基地を造り上げている。ここから、硬くて丈夫な越前焼は日本海沿岸にすむ人々に運ばれていった。

越前焼窯元「豊彩窯」の吉田豊一さん。日用雑器としての使いよさを念頭に作陶する。

しかし江戸時代に入り、ほかの古窯が茶器などを焼き始めるなか越前焼はそれまでのスタンスを変えることなく日用雑器を作り続けた。そのため時代の流れに取り残され、明治期にかけて衰退していき、廃絶の危機に陥った歴史を持つ。

今に続く復興をとげたのは、昭和45年(1970)にオープンした越前陶芸村の存在が大きい。越前陶芸村が多くの観光客を集めたことにより、忘れられかけた「越前焼」が広く一般に知られることとなったのだ。昭和61年(1986)には伝統工芸品の指定も受け、その存在は確固たるものとなった。

アメリカで人気の急須。

現在、越前町はアメリカのアラバマ州モンテバロ市と姉妹都市提携をしている。越前町が合併する前の平成4年(1992)、旧宮崎村が越前焼の海外展示企画で、アラバマ州の美術館視察に訪れたのがきっかけである。

その際、バーミングハム美術館の東洋美術館長が越前焼に深い関心を寄せ、その後、行き来が続くようになり、モンテバロ大学での越前焼レクチャー、長期の陶芸研修者の受け入れ、中学生同士の交流など、越前焼を縁とした交流が進められているのだ。

薪窯に火が入る。釉薬を用いず、高温で焼成されると、薪の灰が器に流れ出し、自然釉が溶け込み、独特の風合いが生まれる。

越前焼の復興を担った「越前陶芸村」

築山緑庭の丘陵に囲まれた自然豊かな“陶源郷”的集落群。切り妻屋根に白い壁と黒い柱の建築物の美しい景観も楽しめる。

福井県丹生郡越前町小曽原
TEL:0778-32-3200(越前陶芸村文化交流会館)
定休日:散策自由

※2013年取材

構成/アイランズ 写真提供/越前焼工業協同組合、越前焼の館