独特の風情を醸し出す松崎町のなまこ壁

首都圏に住む人にとって、伊豆半島は箱根と並ぶ人気の観光地である。複雑な海岸線が美しい風景を描く海の風景はもちろんのこと、標高1000mを超える山も連なる、自然の懐がとても深いエリアなのだ。

そんな伊豆半島は、東海岸と西海岸では趣が大きく異なる。古くから鉄道が敷かれ、便利なリゾート地として発達してきた東海岸に比べ、あまり俗化されていない西海岸では、今もノスタルジックな風景を残す町がたくさんある。

堂々としたなまこ壁の母屋や土蔵が目をひく「明治商家 中瀬邸」。呉服商家として財を成したが、現在は町の施設となっている。ときわ橋に隣接した場所に建っている。

伊豆半島西海岸の南部に位置する松崎町は緑深い天城山系のふところに、澄み切った水や大地の恵み、湯量豊富な温泉、そして国立公園や国の名勝地にも指定された美しい海岸線を有している。そこは昔から海上交通の要所として、文化や産業の重要な連携地となっていた。そのため、町のあちらこちらに古き良き時代の名残りを留める遺産が点在している。

なかでも町を特徴づけているのが、なまこ壁である。建物の壁面に平瓦を貼り、目地と呼ばれる継ぎ目に漆喰をかまぼこ型に盛り上げて塗る。その形が海鼠(なまこ)に似ていることから、そう呼ばれているのだ。

なまこ壁を生かした寺社風建築様式に、バルコニーといった洋風の建築様式を取り入れた伊豆最古の小学校「岩科学校」。少し足を伸ばしてでも見ておきたい文化財だ。

冬になると強烈な西風が吹く松崎では、より堅牢で、火事にも強い建物が求められた。そのため経済的に豊かになった人たちが、競って瓦を壁にも使用し、漆喰で塗り固めるなまこ壁を使った家屋や蔵を建てたのである。

現在も町中には白と黒が織りなすデザイン、重厚な外観、入念に仕上げられた漆喰のなまこ壁を有する家屋を見ることができる。

昭和の佇まいが色濃く残る、ときわ大橋通り

伝統的な建造物だけでなく、町は全体的に昭和の佇まいを感じさせ、懐かしい雰囲気に包まれている。中でもかつては町の中心街であった「ときわ大橋通り」には、数は多くないが昔ながらの青果店や洋品店、金物店などが点在している。昭和の頃は「松崎銀座」と呼ばれていた通りで、今よりもずっとたくさんの店が軒を連ねていた。

南北に走るその通りの中ほどに、2階にアーチを描いた3連窓が目をひく「らんぽん」というパブスナックがある。地方でよく見かける、少し規模の大きめなスナックといった感じ。

昭和の頃は賑わっていた松崎の商店街。コロナ禍の影響もあり、人通りは少ない。そんな中、黄色い「らんぽん」の看板とラーメンの幟は、ひときわ目をひく。
2019年、台風により店内が水びたしになったことで内装や調度品を新しくしている。それでも昭和という良き時代感が溢れている。

昭和の時代には、それこそどこの町にでもあったであろう店だ。乾き物のような簡単な肴をつまみながらお酒を楽しみ、カラオケに興じる店という趣である。そうした意味では、確かに昭和感の塊なのだが、だからここを紹介しようというのではない。

じつは「らんぽん」には、ぜひとも味わってもらいたい逸品がある。それが「ラーメン」なのだ。

スナックとは思えない専門店の味に遭遇

目の前に運ばれてきたラーメンは、どちらかと言えば“中華そば”と呼びたくなるような見た目をしている。まず器には、ザ・ラーメン丼と言いたくなる朱色の外見に、内側には双喜紋と龍が描かれているのが見える。

そしてチャーシューにメンマ、ゆで卵と紅白のかまぼこが織りなすビジュアルに、早くも視覚が揺さぶられてしまった。そして湯気とともに香る醤油の香りがどこか懐かしい。

まずはスープをひと口。鶏ガラと魚介、それにさまざまな乾物をバランス良くブレンドしたあっさり系の醤油味は、まさしく中華そばの味わい。麺はしっとりとしたコシがあるストレート中細麺。ほんの少しウェーブがかかっていて、スープとよく馴染む。

柔らかくて味が染み込んだチャーシューは、オーソドックスなロースを使用。甘めのメンマ、固茹での卵とともに、シンプルな味に心地よい変化を与えてくれる。それにかまぼこの食感がとても楽しい。どれもオーソドックスな味わいで、けして豪華でもなければ今風でもないのに、食べ終わった瞬間からまた食べたいという気持ちが湧いてくる。

見た目もシンプルな醤油ラーメン。味も目でみたままのオーソドックスなもので、1度食べたらまた食べたくなる。あっさりしているため、スープまで飲み干してしまう。

このラーメン、スナックが酔客相手に出している腰掛け的なシロモノだと思ったら大間違い。それはオーソドックスな町中華の味わいで、まさしく昭和グルメと呼ぶのにふさわしい逸品。当然「なぜスナックなのにそこまでのラーメンが!?」という疑問が湧く。それはこの店の歴史に答えがあった。

「今のスタイルになる前は、ラーメンやカレーライスが看板メニューだった“ヨカロー食堂”と、松崎初のスタンドバー“らんぽん”を併設していたんです。さらに明治・大正の頃は、日本料理店“与嘉楼”という店でした。だから僕の父はスナックのマスターでありながら、料理人でもあったのです」と、マスターの石田城治さんが教えてくれた。

若い頃は銀座のバーで修行した石田さん。カクテル作りの腕も間違いない。ビールやウイスキーだけでなく、旅先で本格的なカクテルを飲むのもいいだろう。

石田さんも銀座のバーでバーテンダーとしての修行した後、父親から料理の手ほどきを受けている。

「注文する人が少ないのが残念ですが」と前置きしつつ、石田さんはカクテルの腕も披露してくれた。西伊豆松崎を訪れたならば、昭和感漂う商店街に残るスナックで、本格的なカクテルを愉しんだ後、あなどれない旨さのラーメンで〆、というのも悪くない。

<データ>
住所:静岡県賀茂郡松崎町松崎506-1
TEL:0558-42-0111
営業時間:18:30~24:00
休:月曜日
醤油ラーメン 700円
焼き餃子 600円
ミックスピザ 1000円
他・飲み物各種あり

文・撮影◎野田伊豆守

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