帰宅前にひとりで高級鮨。
大人のルーティーンで英気を養う

1年がかりで改修したサイトがようやくローンチした夜。ライバル社を出し抜き、案件を勝ち取った誇らしい日。そんな夜は高揚した気分を一度、クールダウンさせてから帰宅したいだろう。

本当はメンバーと喜びを分かち合いたいのだが、居酒屋で一杯というご時世でもない。それに部下におごってやれるほど、懐に余裕がないのも事実だ。ただ一人分の飯代くらいなら奮発できる。そこで鮨屋だ。

ふらりと立ち寄り、カウンターで大将と語り合う。そんな行きつけの鮨屋を持つ大人への憧れもある。たまに贅沢な夜をひとりで過ごしたってバチは当たらないだろう。むしろ息抜きがあるから明日からまた頑張れるのだ。妻には悪いが、今宵は男の隠れ家に寄り道しようではないか。

本命の鮨を引き立てる
創造性に富んだつまみたち

不動前もしくは目黒駅から徒歩圏内。山手通りに面した撮影スタジオの1階に「鮨 りんだ」はある。モダンなビルにあり、老舗の鮨屋から漂ってくる独特の威圧感もない。

店内はカウンターのみの17席と、“カウンターデビュー”な自分には打ってつけの隠れ家だ。ガラス戸を開けると、「らっしゃい」と快活な声で出迎えてくれた。

同店は愛媛出身の河野勇太さんが都内有名店とアメリカ・ニューヨークでの修行を経て、2014年4月にオープンさせている。技巧を凝らした江戸前寿司をベースに、意外性のある食材を組み合わせたネタが目ざとい鮨フリークの目に止まり、あっという間に人気店になったのだ。夜のおまかせでは旬のネタや異素材の握りに加え、創造性豊かなつまみも提供してくれる。

ちなみに店名の“りんだ”は河野さんが敬愛するTHE BLUE HEARTSの名曲に由来し、アメリカで生まれた娘さんのミドルネームもリンダにしたと言われている。

本日、カウンターで握ってくれたのは、都内の鮨名店などで修行を積んだと佐藤勝さん(37歳)だ。

「最近はひとりでお越しになる方も多いので、お一人様での来店は大歓迎ですよ」と佐藤さん。聞けば、10代で料理人の世界に飛び込み、和食店で修行。その後、鮨も出す割烹店に移ったことで、本格的に鮨職人の道へと進んだという。

「実は鮨職人になるのが、小学生からの夢だったんですよ。縁があって和食店で修行をはじめましたが、調理場にこもって料理を作る和食と違い、鮨はお客さんの目の前で握ります。自分の作ったものが美味しかったのか、その答えがすぐに出ますし、鮨を口にしたお客さんの表情がパッと変わる瞬間に立ち会えるのは、料理人冥利に尽きますね。一方でお客さんを楽しませるコミュニケーション能力が求められる難しさがあります。だからできるだけ話題を提供できるように努めています。でも、お客さんも鮨屋のカウンターは緊張しますよね。はじめて訪れるお店なら、なおさらです。せっかくなら笑って帰ってほしいですから」

気がつけば、会話は佐藤さんのペースで進んでいた。一見さんの緊張をほぐすのもお手のものだ。

そして、さっと差し出されたのは、ハマグリのクラムチャウダー。スタッフの実家が営んでいる北海道の牧場から牛乳を取り寄せ、使っているという。アサリよりも上品なハマグリの旨味と、濃厚な牛乳のコクが互いの良さを引き出し合っている。しかも、アサリにはない、大ぶりなハマグリならではの食感が印象的だ。思わず、うまいと声が出る。

鮨の固定概念が上書きされる
ビジュアル系の映えなネタに舌づつみ

こちらのリアクションを見届けた佐藤さんが次に出してくれたのは、なんと3枚重ねにした本マグロの中トロ。思わずSNSにあげたくなるような映えなフォルムが圧巻だ。

「分厚く切った中トロも食べ応えがあって良いのですが、薄切りにすることで口に入れたとき、体温でマグロの脂がすぐに溶けてくれるんです。トロける本マグロを味わってください」

頬張ると確かに旨味だけを残して、あっという間に中トロが消えてしまう。それでいて3枚重ねの効果で、しっかりと存在感があるのだ。またハラリとほどけるシャリが粒立っていて、満足感が残る。

「シャリは圧力羽釜を使って、高温で一気に炊き上げています。だから、ふっくらとしているけれど、同時に粒を感じると思います」

淡白さと濃厚さが交錯し、味覚が立体的に。
ウニとイカが織りなす魅惑のマリアージュ

続いて登場したのは、白イカの上にウニをあしらった逸品だ。白と黄色の鮮やかなコントラストに思わず箸が止まる。

「甘いけれど淡白なイカと、濃厚なウニを続けて出すことで、味に濃淡をつけるのは比較的、一般的な手法です。でも、イカにウニを載せて出しちゃう鮨屋は多くないかもしれません」と佐藤さん。

鮨といえば、白身系の淡白なネタから徐々に味の濃い赤身系を頼でいくのが“通”であるといった固定観念がある。しかし、どんな順番でネタを出すかは職人のアイディアで個性が出るのだという。通ぶらず、職人の技量にゆだねてみる。そんな新たな鮨の楽しみ方を教えてもらった気がした。興奮したのか、佐藤さんを質問責めにしてしまった。うまいものは、人を饒舌にさせるのだ。

まさかのLINE交換
鮨屋に“推し”ができるなんて

「常連のお客さんとはLINE交換をすることもあるんですよ。旬のネタが入りましたよってこちらから連絡させてもらうこともあります」

ひと通り、握り終えた佐藤さんが言う。それはホステスさんが使う、ある意味で最強のマーケティング手法だ。職人から直接、美味い鮨ネタに関する情報が届いたら、断ることのほうが難しいだろう。

「おかませのコースには入っていないのですが、知る人ぞ知る“りんだ巻き”はいかがですか?」

もはや断る理由はない。りんだ巻きは、食べた人にしかわからない魅惑のメニューとでもしておこう。ヒントは、鮨のオールスターが勢ぞろいしているということ。味は言わずもがな。

佐藤さんの軽快なトークと、映えなネタの数々に、最初の緊張感はどこへやら。あっという間に1時間半が経過していた。ひとりカウンターへの不安が杞憂だったことがわかる。また夜の「おまかせコース」は、1万8000円と、十分、お小遣いでやりくりできる範囲なのが嬉しい。会計を済ませ、帰り支度をしていると、佐藤さんが最後に声をかけてきた。

「LINE交換どうですか?」

思わぬ提案に、こちらがまごまごしていると、アプリのアイコンを長押しすれば、QRコードがすぐ読み込めると教えてくれた。さすがに慣れている……。

そして、店を出て、夜道を駅に向かって歩きはじめると、スマホが鳴ったことに気づいた。LINEだ。あわてて起動させると、佐藤さんから可愛らしいスタンプが届いていた。なんだ、この胸のときめきは。まさか鮨屋に“推し”ができるなんて。新たに発見した不動前の隠れ家を再び訪れる日も、そう遠くないだろう。

(データ)
「鮨 りんだ」
住所 東京都目黒区下目黒2-24-12 イメージスタジオ109 1F
電話 03-6420-3343
営業時間 <夜>18:00~21:30、<昼>11:30~14:00
料金 <夜>「おまかせコース」1万8000円~、<昼>「握りおまかせ」10000円~
定休 日曜・月曜
アクセス 東急目黒線「不動前駅」より徒歩7分
JR山手線「目黒駅」より徒歩10分
http://rinda-tokyo.com/

取材・文=verb
撮影=片桐圭

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