59907「因島」林芙美子の文学世界が息づく島の魅力|再発見!大人のしまなみ海道

「因島」林芙美子の文学世界が息づく島の魅力|再発見!大人のしまなみ海道

男の隠れ家編集部
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■芙美子の哀愁が描かれた『放浪記』の舞台、因島へ

『いんのしま』と題した一文が書かれた句碑。

しまなみの島々は明治期には近代造船業で栄えた。因島には大阪鉄工所が進出して大規模なドッグを建設するなど島に賑わいをもたらした。この造船所の話で思い起こすのが、林芙美子の小説『放浪記』である。

因島公園入口近くの道の途中に林芙美子の句碑がある。そこには『遠い潮鳴の音を聞いたか! 何千と群れた人間の声を聞いたか! ここは内海の静かな造船港だ……(後略)』と勢いのある一節が記されている。

当時の施設ではないが、小説には因島の造船所が描かれ、芙美子が訪れた時のストライキの様子も句碑に記されている。
今はのどかな風情を漂わせる商店街。

林芙美子は尾道の女学校を卒業後、作家を志して東京に出るが生活は苦しく、女中やカフェーの女給として働いた。東京では因島出身の学生と同棲して学費や生活費を貢ぐが、男は卒業すると芙美子を捨てて因島に帰ってしまう。

芙美子が男を追って因島を訪れると、彼は造船所で働いていた。しかし結局、気の弱い男を見限った芙美子は、涙ながらに東京へと戻る決心をするのである。『潮風をあびて、私は島へさようならとハンケチを振っている……』

文学碑には造船所のストライキの様子なども描かれ、往時の様子も偲ばれる。『放浪記』は大正11年(1922)から5年間を書きまとめた日記風の自叙伝だ。そんな時代背景を追いかけながら、芙美子の熱く切ない想いに心を寄せるのもいいだろう。

金蓮寺にある村上水軍一族とその家臣たちの墓。
林芙美子(1903〜1951)。波乱万丈の日々を日記につけ、これが『放浪記』の原型になった。尾道の女学校を出ている芙美子は尾道も愛した。像は尾道の本通り商店街入口にある。

・全国でも珍しい耳の神様

“みみご”と読む「耳明神社」。字のごとく耳の病、耳の健康の他、音楽上達にもご利益があるという珍しい神社だ。神事もユニークで、耳の形に似ているとされるサザエの殻の中に、酒と米を入れてお供えする。創立は鎌倉時代。

耳明神社 (みみごじんじゃ)
広島県尾道市因島土生町1424-2
しまなみ海道「因島北」ICより車で10分

文/岩谷雪美

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