雪山ハイキングを楽しみながら、山小屋「黒百合ヒュッテ」へ
今回の雪山ハイキングは標高1800m地点の「渋の湯」からスタート。渓流に架かる短い橋を渡ったところから登山道が始まる。道はすぐに登りにかかるが、北斜面のためこの日は解けた雪がガチガチに凍っていた。持参したアイゼンをさっそく装着。10分程で歩きやすい雪道になったものの、最初の八方台分岐までは、樹林帯に延びる坂をひたすら登っていく。しかし、息が上がる頑張りはここまで。その後はシラビソやダケカンバの森のゆるやかな道をのんびりと雪山ハイキングを楽しむ。
風を遮ってくれるのが樹林帯のいいところ。稜線は風があるのかもしれないが、今は無風。時折、木々の枝から落ちてくる雪の欠片で風の存在を知る。
無雪期はこのあたりはごろごろと岩の多い道だが、雪のおかげで逆に歩きやすい。それは天狗岳への尾根や、下ってきた天狗の奥庭でも同様である。出発から約2時間半、樹林帯が開けると、煙突から白い煙りがたなびく山小屋が姿を見せた。今日はここまで。小屋で1泊だ。
黒百合平に建つ、登山の拠点となっている通年営業の山小屋
可憐な黒百合の花が群生することからその名がついた黒百合平。南に天狗岳や天狗の奥庭、北には中山や丸山がひかえ、ヒュッテは風当たりの少ない鞍部に建てられている。目の前の斜面をひと登りすれば天狗岳の勇姿が一望のもと。この日は午後から天気がくずれる予報で、天狗岳にも黒い雲がかかり始めていた。
泊まった黒百合ヒュッテに触れておこう。
標高約2400mの黒百合平に建ち、天狗岳や北八ヶ岳縦走の拠点となっている通年営業の山小屋。初代の米川つねのさんによって昭和31年に建てられ、以来、二代目正利さん、三代目の岳樹さんへと引き継がれ、八ヶ岳の人気山小屋のひとつとして親しまれている。創業当時は北八ヶ岳に山小屋はまだなく、“ヒュッテ”と称した小屋もここのみ。モダンな名前を象徴するかのように、夏には山小屋で定期的にクラシックコンサートなども開いており、山上コンサートとして評判を呼んでいる。一方で料理には、自家製味噌を使った味噌汁や、諏訪の自宅で栽培した野菜などが人気。つねのさんから受け継がれた滋味たっぷりの料理は、山登りの活力になる。
屋根にはソーラーパネルが設置されている。最初の設置はすでに約30年前だという。さらに15年ほど前には、全国の山小屋に先がけて循環濾過式浄化システムのトイレを設置している。
「全国的に山のトイレが問題になっていた頃で、環境省の提案のもと、八ヶ岳の山小屋数件が同時に手がけた取り組みでした」と語る三代目主人の米川岳樹さん。大学時代から小屋に入り、現在は二代目の正利さんから経営を引き継いでいる。先代の正利さんは、八ヶ岳の動物博士と呼ばれて登山客から親しまれた名物あるじ。動植物への造詣が深いだけでなく、ソーラーシステムやトイレなど、三代目とともに先駆的な山小屋の経営を実践してきた。
絶好の登山日和。天狗岳の一峰、東天狗を目指す。その後、西天狗へ
翌朝目覚めると、霜の付いたガラス窓の外は雲ひとつない快晴。風も穏やかで絶好の登山日和である。
ヒュッテから5分ほどで中山峠。ここを南に折れてしばらくすると森林限界を越える。いよいよ天狗岳に向けて稜線を登っていく。せり上がるような雪の急斜面をアイゼンをしっかりと利かせながら一歩一歩直登する。残雪期ではあるものの、風の通り道でもある稜線では慎重に歩みを進めたい。さらに天狗の奥庭との分岐を過ぎると、露出した岩場が現れるので注意しながら岩峰を越え、ヒュッテから約1時間半で天狗岳の一峰、東天狗にたどり着いた。
西の眼前には、真っ白な雪のスロープが美しい西天狗。南側には赤岳や阿弥陀岳など南八ヶ岳の山並みが広がる。さらに彼方には南アルプス、中央アルプス、御嶽山や乗鞍岳、北アルプス、そして北側には浅間山などまさに360度の大パノラマ! 山のオールスター揃い踏みである。
東天狗からは西天狗へは雪のスロープの上り下りで約20分。実は天狗岳の三角点は西天狗にあるので、やはり両方に立ってこそが天狗岳の醍醐味だろう。夏に登った時とはまったく別の表情を見せてくれた天狗岳。見上げれば澄み切った群青色の空に浮かぶ太陽が眩しく輝いていた。
あとは慎重に雪原を下って黒百合ヒュッテ経由で登山口まで戻るだけだ。
文・撮影/秋 武生
宿泊やルートの問い合わせは下記参照。
http://www.kuroyurihyutte.com