59900「向島」しまなみ最初の除虫菊栽培の地|再発見!大人のしまなみ海道

「向島」しまなみ最初の除虫菊栽培の地|再発見!大人のしまなみ海道

男の隠れ家編集部
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今は因島などが有名だが、尾道にも除虫菊の花畑が広がる。見頃はGWだ。

■瀬戸内に彩りを添える真っ白い除虫菊の花畑

尾道鳴滝山から望む向島と岩子島のパノラマ。瀬戸内海の穏やかな海に抱かれて緑萌える島の風景に心なごむ。

幾重にも連なる真っ白い花弁が潮風に揺れている。海を見下ろすなだらかな斜面はまるで白いじゅうたんを敷きつめたよう。マーガレットにも似た印象だが、花の名前は除虫菊(除虫菊)。

その名のとおり虫除け効果のある菊で、蚊取り線香の原料となる花として知られる。ピレトリンという殺虫成分が含まれる除虫菊の正式名称は、“シロバナムシヨケギク”。原産地はクロアチア(旧ユーゴスラビア)で、日本にもたらされたのは明治10年(1877)頃とされている。

上山英一郎の功績を称えて建立された除虫菊神社。
余崎港の穏やかな海。

栽培を広めたのは和歌山県有田郡出身の上山英一郎。明治19年(1886)にアメリカの植物会社から除虫菊の種を贈られ、地元和歌山で栽培して商品化。世界初の渦巻き状蚊取り線香を発明する。赤い鶏のトレードマーク「金鳥」で知られる大日本除虫菊株式会社の始まりだ。

さらに上山は瀬戸内の気候条件や花崗岩の土壌が除虫菊栽培に適していると考え、普及活動に取り組むことに。明治23年(1890)には向島を訪れて無償で種を譲り、栽培指導を行った。やがて除虫菊栽培は周辺の島々にも広がり、一大産地となっていくのである。

5月の花の時期は行き交う船からも白い花畑が眺められ、季節の風物詩として親しまれた。しかし、昭和26年(1951)頃に類似化合物が開発されると除虫菊栽培も下火となり、その風景も昭和40年代にはすっかり姿を消してしまう。

小さなフェリーが尾道〜向島間の足だったが、しまなみ海道の新尾道大橋が通った今も地元の足として便利に使われている。

その後、時は流れ過去に栽培していた農家が老後の生きがいにと観賞用に除虫菊を植えたことで、30年ぶりに花畑が復活。可憐な白いじゅうたんが再び向島や尾道、因島などの斜面を彩るようになり、訪れる人の目を楽しませている。

向島にある亀森八幡神社境内には、上山英一郎を祀った除虫菊神社があり、毎年5月8日には除虫菊祭りが開催されている。

また、向島を見下ろす尾道の千光寺公園には上山翁の「頌徳碑」も建てられ、その功績を称えている。公園内の除虫菊畑から望む瀬戸内海と向島の風景。その長閑さは今も昔も変わらない。

・しまなみ海道をサイクリング

海道を気軽に自転車で巡るのも楽しい。尾道にはいくつかサイクルステーションがあり、ほとんどが1日2000円で借りられる。また途中乗り捨ても可能だ。

文/岩谷雪美

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