24145前田利家公から歴代の殿様が愛した酒「加賀鶴」。加賀藩御用達の伝統の酒造り「やちや酒造」(石川県金沢市)

前田利家公から歴代の殿様が愛した酒「加賀鶴」。加賀藩御用達の伝統の酒造り「やちや酒造」(石川県金沢市)

男の隠れ家編集部
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石川県金沢市で200年以上にわたり酒を造り続ける「やちや酒造」は、加賀藩御用達として拝名した「加賀鶴」で知られている酒蔵である。かの前田利家公が愛した酒と、その歴史とは。
目次

江戸初期より連綿と続く、加賀藩御用達の酒蔵

悠久の時をたぐり寄せるかのように、長年の風雪に耐えたどっしりと重厚な建物。200年以上も前の江戸後期に建てられた酒蔵は、金沢市内の旧北国街道沿いに今も往時の面影をたたえて歴史を刻み続けている。

美しい格子戸が目を引く商家の佇まい。入口の軒先には“加賀鶴”と染め抜かれた暖簾と杉玉が、みぞれ交じりの風に揺れていた。

足を運んだのは創業天正11年(1583)の「やちや酒造」。加賀の殿様より“谷内屋”の屋号、さらに加賀の国の“加賀”におめでたい“鶴”を付けた「加賀鶴」の酒銘を拝受し、現在に至っている。

旧北国街道沿いに建つ、築200年余のやちや酒造の趣ある佇まい。文化庁登録有形文化財にも指定されている建物である。

「“谷内屋”となったのは390年前ですが、酒造りを始めたのは約430年前、先祖の神谷内屋仁右衛門が、加賀百万石の藩祖・前田利家公のお供をして尾張の国から移住してきたのが始まりです」と話すのは、初代の谷内屋孫兵衛から数えて十四代目にあたる社長の神谷昌利さん。

神谷内屋仁右衛門が金沢の地に根を下ろしたのは天正11年(1583)のことで、それは殿様専用の酒造りを担うためであったという。

名字が微妙に変わるので少し混乱するが、創始者は神谷内屋、初代から九代目までは谷内屋、そして十代目の神谷栄次郎からは神谷姓を名乗っている。その変遷をたどりながら、代々やちや酒造は、前田利家公が愛した酒、歴代のお殿様御用達の伝統の酒を、明治維新を乗り越え連綿と平成の世へ伝え続けているのである。

加賀鶴「前田利家公」特別純米酒、加賀鶴「金沢」純米吟醸。

囲炉裏を配した吹き抜けの母屋を見上げると、天井の明かり窓からうっすらと光がこぼれているのに気づいた。浮かび上がる太い梁や艶光りする柱。空間に漂う凛とした空気。風情ある江戸時代後期の母屋と奥にある土蔵は、平成14年8月に文化庁の登録有形文化財に指定されている。

ちなみに母屋の居住空間には、中庭に枝を広げる樹齢300年の楠や、客間に掲げられた加賀前田家十三代藩主前田斉泰公から拝受した扁額などが、家宝として大切に守られている。

能登杜氏四天王の杜氏が醸す、米の旨味が生きた酒

歴史ある空間で醸される酒は、昔ながらの丁寧な仕込みにこだわった香り豊かな逸品。多くの人に親しまれている、城下町・金沢を代表する地酒である。

現在のやちや酒造の杜氏は、能登杜氏四天王の一人ともいわれる山岸昭治さん。40年以上の経験に裏打ちされた高い技術力を駆使し、伝統の「加賀鶴」の名にふさわしい酒を醸している。

訪れた日はちょうど特別純米酒造りの真っ最中。冷え込む朝の空気の中、米を蒸す白い湯気が古い蔵の中にもうもうと立ち込めていた。

蔵人たちの流れるような無言の所作に、こちらも思わず背筋が伸びる。約1時間で蒸し上がると蒸米は冷まされ、その後、室温30度の麹室に移動。麹づくりの工程では、柔和な雰囲気の山岸さんが特に厳しい表情を見せた瞬間でもあった。

麹室にて蒸米を広げ、麹の種付けをする麹造りの工程。最も集中力を要する大事な作業。

酒造りはこの後、酒母、醪造りと仕込みが数日かけて続いていくのだが、この日搾りを迎えた酒を口に含んだ山岸さんが、深く「うん」と頷くと、ようやく蔵に漂っていた緊張の糸がほどけた気がした。

「思った味でホッとしました」。生まれたての酒を利くたび、いつもそんな心境になるという山岸さん。経験を重ねたベテランの域でも毎回が勉強、そして「1+1はけっして2にはならない」と言い切る。

「それが日本酒造りの奥深さであり、面白さです」

しぼりたての酒を利く杜氏の山岸昭治さん。

山岸さんに促されるまま、搾ったばかりの特別純米酒をその場で味見させてもらう。ふわりと鼻孔をくすぐる爽やかな香りと、口中に広がる上品な甘味と酸味。そしてじわりと立ってくる旨味。

「能登杜氏が醸す酒の特徴は、一言でいうと米の旨味を残した味の深い酒なんです」。そばにいた社長の神谷さんが、満足そうに笑みを浮かべてそう言葉を添えた。

金沢の料理を引き立てる、多彩な酒のラインアップ

「酒造りは米作りから」という考えのもと、やちや酒造では、純米酒の米は麹米、掛米ともに地元のJA金沢市三谷支店「三谷やちや部会」に所属する14軒の農家による契約栽培の米を使用。種類は酒造好適米の五百万石を中心に石川県産酒米の石川門、大吟醸、純米大吟醸は兵庫県産の山田錦を使っている。

酒母を醪タンクに移し、米麹、蒸米、水を加えて醪を造る。

そしてもうひとつ大切なのが水である。金沢市と富山県南砺市にまたがる医王山水系の伏流水が酒造りの要。水質はやや軟質の微酸性で柔らかな口あたり。年間を通じて得られる豊富な山の恵みがあるからこそ、加賀鶴の特徴であるふくよかで米の旨味が残る酒ができるという。

やちや酒造のラインアップの中で、定番はもちろん「加賀鶴」の名を冠した能登杜氏四天王入魂のシリーズ。米の旨味とキレのある味わいを目指した「純米酒」、フルーティーな香りが特徴の「純米吟醸 金沢」をはじめ、「前田利家公」の名を記した特別純米酒などが揃う。

いずれも北陸の魚介類や加賀の伝統野菜などを使った郷土の味を引き立てる、旨味と力のある地酒ばかりである。

築約200年の母屋。加賀鶴の額の下には、加賀友禅の花嫁のれんが掲げられ華やかな雰囲気。

さらに地元では本醸造のファンも健在。さらりとした喉ごしの辛口が特徴だが、なかでも「辛口なのに旨い酒」というユニークな名称の酒は、日本酒度プラス14の辛口ながら文字通り旨味がある酒と評判。通称“辛旨”と呼ばれて親しまれている。なかなか手に入らないが、金沢市内の酒にこだわる和食の店などでお目にかかることもできる。

さて、酒蔵を訪ねた後は、加賀鶴と地元の味を愉しみに金沢の町へ繰り出してみることにしよう。

※2016年取材

文/岩谷雪美 写真/佐藤佳穂

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