家での時間が取れる今、自宅でゆっくり映画を楽しむ絶好のチャンスではないだろうか。人気の配信サービスで、映画やドラマ三昧という人も多いかもしれない。

映画はこの20年で大きく変わった。CGやVFXなどハイテク技術を駆使し、視覚的刺激で刹那的に楽しむ作品が増えている。だからこそ、人間の生き様を描いた心揺さぶる名作を改めて鑑賞したい。そこで、昭和·平成で1500作以上の映画字幕翻訳を手がけてきたレジェンド、戸田奈津子さんに、懐かしくも絶対的名作と言える映画を教えてもらった。

推理映画の最高峰!あらゆる伏線を意識して謎解きを楽しむ『ユージュアル·サスペクツ』(1995)

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「ケヴィン·スペイシーが主演のミステリー映画。伏線が複雑に張り巡らされていて、ミステリーとして非常に良くできた作品です。字幕翻訳では限られた文字数(一画面につき13w×2行という制限がある)のなかで、きちんと伏線が伝わるようにするのに苦労しました。言葉の取捨選択に間違って必要な内容が抜け落ちてしまうと、推理ゲームが崩れてしまうので。

たとえば、重要な伏線となる1シーン。食器の裏にある文字が書いてあって、それを観客に読ませねばならないのに、同時に役者たちも重要な台詞を話しているのです。スクリーンの2カ所に出る字幕を同時に読めます? いやはや、苦労しました(笑)」

商品名:『ユージュアル·サスペクツ』
価格:1886円+税
発売元: NBCユニバーサル·エンターテイメント

どう生きるかを考えさせられる、イーストウッドの傑作『ミリオンダラー·ベイビー』(2004)

© 2004 LAKESHORE ENTERTAINMENT GROUP LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「ボクサーを目指す孤独な女性と、老いたトレーナーの愛と絆を描いた物語。2004年に公開された作品で、クリント·イーストウッドが監督·製作·主演をやっています。彼は、アクション俳優として大スターだったけど、50歳頃から監督としても活躍するようになりました。この作品は彼が74歳の時に作ったもの」

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「最初は、女性ボクサーのスポ根ものかと思って観ていくと、後半で深刻な尊厳死の問題が絡んできます。尊厳死という問題は、誰もがいつか向き合うかもしれないもの。そういう時のために、せめてどういうものかを知って、あらかじめ心の準備をしておくことは大切だと思います。色々なことを考えさせるのが、イーストウッド監督の作品。間違いなく当代一の名監督の1人です。

映画の魅力は、人の生き様を見て擬似体験できること。自分の人生だけでは体験できることは限られているけれど、いい映画を見れば登場人物の気持ちや立場になって、自分ならどうするのかと考えさせる。そういうものが、いい映画だと思います」

商品名:『ミリオンダラー·ベイビー』
価格:ブルーレイ6380円/DVD4180円(税込)
発売元:アイ·ヴィー·シー
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“硫黄島の戦い”を日米の視点から描いた2部作『硫黄島からの手紙』·『父親たちの星条旗』(ともに2006)

COPYRIGHT©︎2006 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
『硫黄島からの手紙』

「これもクリント·イーストウッドが監督·製作をした作品で、第二次世界大戦の“硫黄島の戦い”を日米それぞれの視点から描いた2部作。2万人以上の日本兵が玉砕した硫黄島の戦いは、日本人にとって大きな節目であり、胸の痛い記憶です。読者の方は戦争を知らない世代なので、ぜひ知ってほしいと思って選びました。

特に『硫黄島からの手紙』は、アメリカ人のイーストウッドが日本人の視点で描いているのがすごいところ。本来なら日本人が作るべき映画ですよ。考証がいい加減で、事実と異なる日本兵を描いたアメリカの戦争映画は数多いですが、これは双方をフェアに描いています」

COPYRIGHT©︎2006 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
『父親たちの星条旗』

「イーストウッドは、作品や映画に対してとても真面目。それに題材の選び方もうまくて、とても才能のある人です。俳優としてより監督としての方が素晴らしいかもしれない。90歳を過ぎた今も、年に1本映画を作っているんだから信じられません。

映画界で世界の巨匠と言われる人たちも80代で映画を作るけれど、作品の規模が小さくなったり、パワーが少しずつ弱まったりするもの。でも彼は全く衰えませんね。あんな風に年取りたいものです。30代の読者の皆さんは、まだ彼の1/3しか生きてないんだから、なんでもできちゃうわね(笑)」

商品名:『硫黄島からの手紙』
価格:ブルーレイ 2619円(税込)/DVD 1572円(税込)
発売元:ワーナー·ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル·エンターテイメント
©2007 Warner Bros. Entertainment Inc. and DreamWorks LLC. All rights reserved

商品名:『父親たちの星条旗』
価格:ブルーレイ 2619円(税込)/DVD 1572円(税込)
発売元:ワーナー·ブラザース ホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル·エンターテイメント

老巨匠フェリーニの決して色褪せない、心揺さぶられる名作『道』(1954)

(C)BETA FILM. All Rights Reserved.

「イタリアの老巨匠、フェデリコ·フェリーニの作品。1954年公開のモノクロ映画で、とても古い作品ですが、アカデミー賞の外国映画賞を受賞した名作です。主人公のジェルソミーナを、フェリーニの奥さんが演じているのも見どころ。

知的障害のある貧しい女旅芸人·ジェルソミーナは、周りにこき使われながらどん底で生きているんだけど、ある時大道芸人の粗野な男に安く買われてしまう。そして、ひどく虐待されながらもその男に尽くすんですね。その姿は切なくも可憐で、心に刺さります。男と女の究極の感情を描いていて、最後は画面と一緒に号泣するかも」

作品名:『道』(1954)
U—NEXTにて配信中(2021年7月現在)

今振り返ってもやっぱり面白い!アクション大作『ダイ·ハード』(1988)

「アクション映画として、とてもよくできている作品。見たことがある人も多いと思います。映画はストーリーに穴があると、冷めてしまって入り込めないじゃないですか。でもこれは展開が緻密に描かれているから、観客はのめり込んで、最後までハラハラドキドキさせられる。見返したら少しはアラが見えるかもしれないけど、やっぱりスリル満点の映画です。これほどの映画って滅多にないですよ。続編もいいけれど、私はやっぱり1作目が一番好き!」

商品名:『ダイ·ハード』製作30周年記念版 <4K ULTRA HD+2Dブルーレイ/2枚組>発売中/デジタル配信中
価格:6589円(税込)
発売:ウォルト·ディズニー·ジャパン
(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

盟友トム·クルーズの凄み

戸田奈津子さん

——戸田さんといえば、長年通訳をされているトム·クルーズと盟友ですね。現在は、公開が延期されていますが、新作『トップガン マーヴェリック』の公開が待ち遠しいです。

新作は、1作目の『トップガン』からなんと36年越し。トムは乗り気ではなかったけど、周りからの強い要望に負けて重い腰をあげたんです。今回も字幕翻訳をやりましたが、1作目と同様に面白い! トムはパイロットの先生として若いパイロットたちを育てる役なんだけど、自分が行かなきゃ、って今度も空を飛ぶ場面が来るわけですね(笑)それからトムはスタントマンをほとんど使わないことで有名ですが、今回も危なすぎて「やめて!」と言いたくなる場面がいくつかありました。 

© 2021 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
『トップガン マーヴェリック』

スタントマンって、顔が見えちゃいけないから後ろ姿になるでしょう。『007』なんかは全部スタントマンを使ってるから、ジェームズボンドの危険なシーンもよく見ると後ろ姿なんです。でもトムは「今のお客さんは賢いから、容易に騙されない。僕の顔が見えていれば本物だってわかって、それで盛り上がってくれるから僕がやる」っていうわけです。

『ミッション:インポッシブル/ゴースト·プロトコル』で、離陸する飛行機のドアに外側からぶら下がったり、ドバイの超高層ビルに登ったり、すごいアクションがあって。もちろん保険会社は反対したけど、彼は自分でやりたいから保険会社なんて蹴っ飛ばしたんです。ドバイのビルの撮影の時は、ビルの窓の内側にマスコミを呼んで、外壁でのアクションを実際に見せました。

トムほど命をかける俳優はいないでしょう。本物のエンターテイナーだと思うし、本人もそれが使命だと思っている。でも私は、俳優なんだから命をかけることはないと思うんですよね(笑)スタントマンを使ったって全然いいと思うんだけど、トムはそれでは気が済まないのね。無事に一生を終えることを祈ってます。ウフフ! 

(C)1995 Rosco Film, GmbH & Bad Hat Harry Productions, Inc.ALL RIGHTS RESERVED. 
『ミッション:インポッシブル/ゴースト·プロトコル』

——最後に読者へのメッセージをお願いします。

家での時間がたっぷりある今こそ、普段見ないような映画にも手を伸ばしてみてほしいですね。今回お勧めした5本は、どれもその年のベストワンかそれに近い名作ばかり。アカデミー賞作品ひとつとっても、ある水準以上の作品ですから見て損はないですよ。嫌なら途中でやめたらいいけど、きっとやめられないはず(笑)

今回古い映画も紹介しましたが、CGが使われていない50年以上前の作品にもいい映画がたくさんあります。CGがない分、あらゆる技を磨き、工夫を凝らしているんです。それに内容とストーリーに重みがある。泣かせて、笑わせて、感動させて、観る者の感情を揺さぶる映画こそ、本当の映画だと思います。

今は、マリリン·モンローとブラッド·ピットの共演もCG技術で違和感なく実現できる時代だけど、ヴィジュアルだけの刹那的な刺激では心は動かされません。それならゲームと同じですよね。今回選んだのは、全部そうじゃないもの。今の時代にこそ、観てほしい作品たちです。

作品名:『トップガン マーヴェリック』
2021年公開予定
© 2021 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

商品名:『ミッション:インポッシブル/ゴースト·プロトコル』
価格:1429円+税
発売元: NBCユニバーサル·エンターテイメント

取材·文=井上真規子(verb)

戸田奈津子
映画字幕翻訳者、通訳。1936年、東京都出身。津田塾大英文科卒業。70年に字幕デビュー。「タイタニック」「E.T.」など大作や話題作を1500作品以上手がける。映画翻訳家協会元会長。第一回淀川長治賞受賞。神田外語大学客員教授·神田外語学院アカデミックアドバイザー。著書に「字幕の中に人生」「スクリーンの向こう側」など。