本物のウイスキーを造るために、スコットランドに似た土地を。“日本のウイスキーの父”竹鶴政孝は北海道余市の地を選んだ。ジャパニーズウイスキーの原点、余市蒸溜所を訪ねる。
(※その他の写真は【関連画像】を参照)
※この記事は2026年2月号に掲載されたものです。
■重文指定の建物群が物語る ニッカウヰスキーの歴史

JR余市駅前に立つと、正面に余市蒸溜所の大きな正門が見える。ヨーロッパの城砦を思わせるような、重厚な石造りの建物だ。
アーチ形の通路を抜けて蒸溜所の敷地内へ入る。途端に、場の空気感が変わった。目の前に出現したのは、赤いとんがり屋根と石造りの建物群。ウイスキーの本場スコットランドの蒸留所に紛れ込んだような異世界が待っていた。
建物の多くはウイスキー造りを始めた昭和15年頃に建てられたもので、重要文化財に指定されている。蒸溜所全体がニッカウヰスキーの歴史を物語る空間となっている。

北海道における近代産業遺産として歴史的に価値が高いと評価された。2022年指定。
建物のなかでひときわ目を惹くのが蒸溜所のシンボル、キルン塔と呼ばれる乾燥棟だ。蒸溜所の建物は製造工程ごとに分かれている。乾燥棟は最初の工程を行う建物だ。
「原料の大麦を乾燥させる際に、ピート(草炭)で燻すことによって香り付けを行い、モルトウイスキー独特のスモーキーな風味を作りだします」と案内役のニッカディスティラリーサービスの長谷川恵さん。
粉砕・糖化棟で甘い麦汁を作り、醗酵棟で麦汁に酵母を加えて醗酵させて醪を作る。蒸溜棟では単式蒸溜機(ポットスチル)に醪を入れて2回蒸溜する。石炭直火蒸溜という、伝統的な方法で蒸溜している。
できあがった原酒は、混和棟で樽詰めして、貯蔵棟で寝かせる。敷地内には30棟の貯蔵棟が並んでいる。蒸溜棟を“動”の空間とすれば、貯蔵棟の内部は“静”の空間。樽詰めされたウイスキーがゆっくりと時を重ねて、熟成する日を待っている。


余市蒸溜所は昭和9年(1934)、前身の「大日本果汁株式会社」が余市に蒸溜所を建設したのが始まりだ。創業者の竹鶴政孝が、ウイスキー造りに最適な地として、余市を選んだのである。
ここで、“日本のウイスキーの父”と呼ばれる政孝の足跡をたどっていこう。
竹鶴政孝は明治27年(1894)、広島県竹原町の造り酒屋に生まれ、日本酒造りの現場に触れながら育った。のちに「酒づくりのきびしさは、父を通して私の血や肉になった」と語っている。
大阪高等工業学校醸造科で学ぶうちに、家業の日本酒よりも洋酒に興味を持ち、大正5年(1916)、摂津酒造に入社して、社命によりスコットランドへ渡った。
現地ではグラスゴー大学とロイヤル工科大学で聴講生となり、ロングモーン蒸溜所でモルトウイスキー製造にかかわる一連の作業を実習して、ウイスキー造りを学んだ。

その時期に、政孝は運命的な出会いをする。スコットランド人女性・リタと知り合って互いに惹かれ、周囲の反対を押し切り結婚。ウイスキー造りの実習を記した「竹鶴ノート」を手に、リタを伴って帰国した。
大正12年(1923)、寿屋(現サントリー)に迎えられ、大阪の山崎工場長として、日本初の本格モルトウイスキーを製造した。10年後に退社すると、政孝はいよいよ自らウイスキー造りに着手することになった。
「日本人に本物のウイスキーを飲んでほしい」
政孝の情熱は蒸溜所の候補地選びに現れる。スコットランドに似た気候の場所を探して北海道余市にたどり着いた。

余市は、北に日本海があり、三方を山に囲まれて、朝はしっとりとした霧が靄となってかかる。
「海風と川霧が運ぶ湿潤な気候は、ウイスキーの蒸発を防ぎ、寒暖差がウイスキーの熟成に大切な要素となります。樽の中のウイスキーは、夏になると蒸発して樽の木に沁み込み、冬にまた樽の中に戻ります。余市は樽貯蔵に欠かせない気候に恵まれていたのです」(長谷川さん)
仕込み水には余市川の清流、原料の大麦の産地であり、石狩平野では麦芽を乾燥させるためのピート(草炭)、燃料の石炭が採れるなど、余市はウイスキー造りには絶好の場所だった。
昭和15年(1940)、政孝はついに最初のウイスキーであるニッカウヰスキーを世に送り出した。


余市蒸溜所で造られるウイスキーとは何か。その神髄は蒸溜棟にある。下向きのラインアームを持つストレートヘッド型のポットスチルを使い、伝統的な石炭直火蒸溜を行っている。
どちらも竹鶴が学んだロングモーン蒸溜所と同じ設備と製法だ。石炭直火蒸溜は、職人が釜に石炭をくべ、直火で釜を焚いて蒸溜させる。
「石炭は火力にムラがあり、適度な焦げができることで、重厚で香ばしいウイスキーができあがります」(長谷川さん)

適切な火加減に保つには熟練した技術が必要で、職人の手作業が余市モルトを支えているといってよい。難しい製法のため世界で唯一、ここだけで採用されている。
余市蒸溜所で造られるモルト原酒はこの蒸溜方法により、力強く重厚でコクがあるウイスキーとなる。ヘビーピートタイプのモルト原酒は余市蒸溜所の伝統なのだ。
蒸溜所には政孝の執務室や研究室、旧邸などが残り、今後は製樽棟や貯蔵棟の整備増強も計画しているという。政孝のウイスキー造りの精神は今も余市蒸溜所の隅々に息づいている。
⚫︎「石炭直火蒸溜」とは?
ポットスチルの底部が1000℃以上となり、適度な焦げにより独特の香ばしさが生まれ、複雑で豊かな味わいになる。しかし石炭のくべ方で釜の温度を調整するには熟練した技術が必要となる。
⚫︎ニッカウヰスキーとは?

昭和9年(1934)、北海道余市町に前身の「大日本果汁株式会社」が誕生。昭和15年(1940)に念願のウイスキー第一号「ニッカウヰスキー」を発売した。
発祥の地である余市と宮城峡に蒸溜所がある。「竹鶴」「余市」「宮城峡」などの伝統的なブランドで知られる。
⚫︎有料テイスティングバー


オーセンティックバーの雰囲気が漂う、本格的なテイスティングバー。
ベテランのバーテンダーが応対してくれる。有料で余市蒸溜所の限定商品やニッカのウイスキーを楽しめる。客自身でハイボールや水割りを作ることが可能。ウイスキー好きの真の目的はここ!?
ここではウイスキーだけでなく、バーテンダーの技も魅力の一つ。しっかり見ておこう。

■余市蒸溜所限定ウイスキーを手にいれる
⚫︎スーパーニッカ
限定ラベルは赤い三角屋根

リタ亡き後、竹鶴政孝が彼女への愛と感謝を込めて造ったウイスキー。芳醇で深みのある香りながら、なめらかな口当たりとほのかな甘さ、穏やかなピートの余韻が絶妙なバランスに仕上がっている。
大切な人のようにつねに寄り添っていたくなる。余市蒸溜所限定ラベルは、敷地内の特徴的な建物群がのどかなタッチで描かれる。
⚫︎余市蒸溜所限定 ブレンデッドウイスキー
余市蒸溜所の個性が生きる

余市蒸溜所の石炭直火蒸溜で造られた、モルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドした。余市蒸溜所でしか手に入らない、限定のブレンデッドウイスキー。
ラベルの上部にはポットスチルの写真入り。モルトの香ばしさやスモーキーな香り、グレーンの甘さが調和した味わい。ピートのコクが余韻となって残る。
⚫︎まだある! 蒸溜所の愉しみ方

余市蒸溜所にはニッカミュージアム、ディスティラリーショップ、レストランなども併設。
ウイスキーへの造詣を深めて、ここだけでしか飲めない、買えないウイスキーを楽しめる。ウイスキーのテーマパークだ。



ニッカウヰスキー北海道 余市蒸溜所
北海道余市郡余市町黒川町7-6
TEL/0135-23-3131
営業時間/9:15~16:15(ショップ利用最終入場は15:30)ガイドツアーは事前予約制
定休日/無休
料金/見学無料、ニッカミュージアムは有料試飲コーナーあり(300円~)
アクセス/JR「余市駅」より徒歩約5分
文/阿部文枝 撮影/林直光
▼あわせて読みたい
いくつになっても、男は心に 隠れ家を持っている。
我々は、あらゆるテーマから、徹底的に「隠れ家」というストーリーを求めていきます。
