悠久の歴史に育まれた京都の伝統産業

京都市では伝統産業の育成に積極的に取り組んでいる。令和2年(2020)3月14日には「京都伝統産業ミュージアム」(旧・京都伝統産業ふれあい館)がリニューアルオープンした。

平安時代から江戸時代までの長きにわたって、わが国の中心であり続けた京都では、ゆうに千年を超える歴史の中で独自の文化が育まれた。それは京都の豊かな生活様式として継承され、衣食住をはじめとする人々の暮らしのあらゆる場面に溶け込んでいった。

こうした文化を支えるために京都では伝統産業が発展した。現代においても伝統的な技術・技法を受け継いだ職人たちが各分野で活躍している。その精緻な技は先端産業などにも活用され、京都はもちろん日本の文化、産業の発展に欠かせない役割を果たしてきた。

京都ならではのもの作りの現場である工房を訪れ、次代を担う現役の職人たちの息づかいを感じながら、匠の技と心意気に触れてみたい。伝統を巡る旅、京都クラフトツーリズムを体験してほしい。

伝統の技が描き出す 新しい美の世界観

いつもの暮らしに友禅を アクセサリー小物も制作

生地に一つひとつ丁寧に色を挿す。気の遠くなるような手仕事だ。

洛外・嵐山に工房を構える「池内友禅」を訪ねた。工房では池内真広さんが色挿しを行っていた。

晴れ着や訪問着のほか、近年は子ども向け着物の注文が増えている。価格応談。

友禅染の特徴は糊置防染と呼ばれる技法にある。下絵の線を糊で描き、色が混ざることを防ぎつつ絵柄を染め上げる。元禄期に京都で活躍した扇絵師、宮崎友禅斎の考案によりその名が付いた。

糊置防染を施した糸目模様の内側を刷毛で着色していく。友禅染の象徴的な工程である。生地に色鮮やかな花模様が浮かび上がった。

一品ずつ注文を受け、要望に応じた色に仕上げる。
染色する場所や図案によって刷毛を使い分けている。一番左の刷毛はぼかし用で両端の毛の長さが違う。

池内友禅は京都でも数少ない手描友禅の工房だ。友禅染に限らず、職人の世界では顧客との対話はほとんどないのが一般的だが、池内友禅は顧客から直接注文を受ける「あつらえ」が中心だ。「着る人の雰囲気や好みを作品に反映させます」と真剣な眼差しで作品と向き合う池内さん。着物の場合は図案作りから完成まで数カ月を要するだけに「苦労も多いのですが、やりがいはあります」と語る。ストールや小物入れなど、現代の生活に合わせた提案も積極的に行っている。

日常の暮らしの中に友禅染を取り入れるのも面白い。長財布4万円~。
池内 真広(いけうち まさひろ)さん
大学在学中に家業である手描友禅染の道に入ることを決める。伝統的な技法に現代的な感性を取り入れた新しい友禅染の創造にも挑戦している。

池内友禅(いけうちゆうぜん)
京都市右京区嵯峨五島町37
075-882-9768
営業時間/10時〜18時
(ギャラリースペースは土日のみ営業)

常若なる古都の輝き

新分野にも積極的に挑戦 金箔押の可能性を探求

金。その輝きは永遠の極楽浄土を象徴し、古来、極楽往生を願う人々を魅了し続けてきた。

極楽浄土の世界を彩る伝統工芸「仏壇仏具」。その工程のひとつに金箔押がある。京都・山科で「京金箔押 常若」を主宰する箔押師、藤澤典史さんの工房を訪ねた。

藤澤さんは漆を接着剤として素地に金箔を施す「漆箔」という伝統技法の職人だ。京都の金箔押の特色は、金の艶を抑えた重厚感のある「重押し」にある。一方、艶のある押し方は「艶押し」と呼ばれ、同じ純度の金箔でも漆の塗り拭き加減で輝きは変わる。この違いが産地ごとの特色になる。

金箔と素材を接着するため漆を塗る。乾燥時間により金箔の輝きが変わる。
金箔の厚みはわずか1万分の1mm。専用の竹箸で慎重に扱わなければすぐに破れてしまう。

現在、藤澤さんは箔押師として寺院・神社・文化財の金箔押加工に従事する傍ら、その伝統を守りながら、現代インテリアやアクセサリーなどにも活動の幅を広げている。「デザイナーとの協業など慣れない作業も多いのですが、職人として成長できる得難い経験です」と将来を見据える。

「今後も伝統の枠に縛られることなく、新しいことに挑戦していきたいです」と意欲的だ。

常若のオリジナル品「金の関守石(せきもりいし)」。茶道の作法で「これより先に入ることは遠慮されたし」の意。価格1万2000円~。
皮革製品やプラスチックなどにも箔押は可能だ。
藤澤 典史(ふじさわ のりふみ)さん
平成6年(1994)、京都伝統工芸大学校入学。卒業後、伝統工芸士で箔押師・岡本正治に師事。 全国の神社仏閣の金箔押に携わる。 平成27年(2015)に独立。

京金箔押 常若(きょうきんぱくおし とこわか)
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※工房見学可能(有料・申込制)
京都工房コンシェルジュ

思い描く理想を形に。現代に息づく京焼民窯の作風

焼成を含めて一貫生産 品質の維持に努める

京都・五条坂。ここは清水焼発祥の地である。かつては多くの窯元が軒を連ね、普段使いから茶道具一式まで、多種多様な陶磁器を取り扱っていた。

そこからほど近い住宅街の一角に「河井工房」はある。大正から昭和時代にかけて民藝運動を推進した陶芸家・河井寛次郎の甥・河井武一を初代とし、現在の主宰者・河井亮輝さんは三代目だ。

京都・五条坂近くの若宮八幡社の境内には「清水焼発祥之地」の碑が立つ。清水焼は当地で焼かれた陶磁器で京焼のひとつだ。

作風には寬次郎以来の意匠や技法が受け継がれている。生活文化運動でもあった民藝がもつ、庶民的な温もりと実用性を両立し、そこに現代的な要素も取り入れた独自の味わいが特徴だ。

大皿。釉薬(ゆうやく)の施し方に特徴がある。河井寬次郎の作風を感じさせつつ、どこかモダンな雰囲気も併せ持っている。
湯のみ茶碗とコーヒーカップ。実用的な作品も多く手がけている。価格応談。

現在、陶磁器作りは分業制が確立されているが、河井工房では自前の登り窯(南丹窯)を保有し、全ての工程を一貫して手がけている。初代以来の民藝的作風の維持と品質管理に努めているのだ。

現代の陶芸作家として、茶陶から食器、花器などを幅広く手がけている河井さん。工房では焼成に向けた作陶活動が続けられていた。仕上がりを見据えて土を練り上げる河井さんの視線は真剣そのものだ。

年に数回、工房で作りためた作品を京都・亀岡にある南丹窯に持ち込む。
工房で次工程を待つ河井作品。
河井 亮輝(かわい あきてる)さん
陶芸家の河井武一を祖父に、河井透(とおる)を父にもつ。日本民藝運動に関わった河井寬次郎は曽祖叔父(そうそしゅくふ)。京都府立陶工高等技術専門校陶磁器研究科を卒業後、平成10年(1998)より父・河井透に師事。

河井工房(南丹窯)(かわいこうぼう・なんたんがま)
090-1131-4545
※工房見学可能(有料・申込制)
京都工房コンシェルジュ

伝統菓子の魅力を世界に発信

ほんまもんの味で勝負 職人気質の甘納豆作り

斗六豆(白花豆)の甘納豆は、ほくほくとした食感で、優しい甘さが口の中に広がっていく。

「斗六屋」は創業昭和元年(1926)、京都における甘納豆の草分け的存在だ。同店の四代目・近藤健史さんは、京都大学大学院修了という異色の経歴の持ち主だ。専攻は微生物。伝統的な甘納豆作りを承継しつつ、研究の経験を生かした健康的な菓子作りと、甘納豆の魅力を知ってもらう活動に励む。自称・甘納豆研究家。

上段左から和三盆糖、てん菜糖、斗六豆。下段左から丹波黒豆、黒千石、丹波大納言小豆、北海道産小豆。
人気の定番甘納豆、丹波大納言小豆(無農薬)と斗六

美味しさに必須なものだけを吟味して使うのが斗六屋の甘納豆作り。漂白剤、合成着色料、保存料は、甘納豆が生まれた江戸時代にはなかったもの。余計なものは足さないのが信条だ。前出の斗六豆の甘納豆も当然、無漂白。天然素材の蜜に漬け込み、在来品種のサトウキビ「竹糖」だけを使った本物の和三盆糖を使って、4日以上かけて風味豊かに仕上げられる。

甘納豆を通して世界に日本文化を伝える活動も。イタリアで開催されたスローフードの世界大会に出品するなど「伝統をあこがれにする」ことを目指している。

蜜漬けの釜から上げられた小豆。適温まで冷まして和三盆糖を振って仕上げる。
豆炊き前の斗六豆。この自然の白さを保ったまま炊き上げるのが、職人の腕の見せどころだ。
近藤 健史(こんどう たけし)さん
斗六屋・四代目。「伝統をあこがれにする」をテーマに、若い世代に甘納豆の魅力を知ってもらい、業界を盛り上げることが目標だ。

斗六屋(とうろくや)
京都市中京区壬生東大竹町5
075-841-8844
営業時間/木金土 11時~18時(土曜17時まで)
定休日/日月火水(臨時休業あり)

京都の伝統産業を学び、体感する

伝統産業について考える 自由な交流の場を創出する

リニューアルオープンした京都伝統産業ミュージアム(旧・京都伝統産業ふれあい館)。京都市の伝統産業を紹介するほか、道具や素材を展示して、もの作りの過程を学ぶことができる。

京都の伝統産業が一堂に会するミュージアムがある。京都伝統産業ミュージアムは伝統技術を受け継ぐ職人たちの活動を積極的に発信し、使い手である来場者と共に伝統産業の今と未来を考える交流の場の創出を目指している。令和2年(2020)3月14日、京都伝統産業ふれあい館をリニューアルし、同ミュージアムとなった。

エントランスには職人たちの個性的な作品が展示されている。
ミュージアムショップでは様々な伝統工芸品を取り扱っている。京都土産に最適だ。

館内では、京都市が指定する伝統産業74品目を全て紹介している。完成品はもちろん、歴史的な背景や使い方の提案など、様々な視点に基づく展示が行われており、展示エリア内に設置されたタッチパネルでは、製造工程を映像で見ることもできる。タイミングさえ合えば職人の実演(随時)にも立ち会える。京都の伝統的なもの作りを肌で感じ、学び、そして楽しめるミュージアムなのだ。

壁面に沿って伝統産業74品目が並べられている。

さらに同ミュージアムでは、各分野の伝統産業の現場に足を運び、職人たちの匠の技に触れることができる工房見学ツアー「京都工房コンシェルジュ」(有料・申込制)も実施している。これまで体験したことのない新しい京都への旅、京都クラフトツーリズムの拠点として活用してはいかがだろうか。

茶道具の箱紐(はこひも)に使われる真田紐の美しい結び方を紹介。
仏具のひとつ「おりん」。大きさによる音色の違いを聞いてみよう。
律令制以来の歴史をもつ京印章を使ってみる。きれいな押印の方法も学べる。
風呂敷の便利な使い方を紹介。瓶2本包みに挑戦しよう。

京都市の伝統産業一覧

京都伝統産業ミュージアム(きょうとでんとうさんぎょうみゅーじあむ)
京都市左京区岡崎成勝寺町9-1
京都市勧業館みやこめっせB1F
075-762-2670
開館時間/9時~17時(入館16時30分まで)
入場無料
休館日/年末年始、お盆休みなど
※新型コロナウイルスの影響により、開館状況などが変更される場合があります。最新情報は、施設のホームページなどをご確認ください。

京都市長からのメッセージ

京都市長 門川大作さん

世界に誇る京都の伝統産業。西陣織をはじめ、世界最高峰の品を身に着ける喜びは、何物にも代えがたい贅沢だと思います。また、伝統の技を生かした素敵な小物なども多く作られています。職人の心がこめられた財布やネクタイなどの身近なアイテムは、暮らしを素敵に彩ってくれるでしょう。京都伝統産業ミュージアムには、そんな奥深い魅力が詰まった逸品が勢揃いしています。ぜひお気に入りの品を見つけてみてください。

文◎仲武一郎 写真◎遠藤 純 取材協力◎京都市/京都伝統産業ミュージアム