江戸の庶民の手軽なレジャー・大山詣り
霊峰・富士を背後に、丸みを帯びた端正な裾野を広げる大山。標高約1252m。社伝によると崇神天皇の御代、およそ2200年余も前に創建されたとされる大山阿夫利神社の本社が山頂に、中腹には下社が鎮座している。源頼朝や北条氏、徳川家と古くから多くの崇敬を集めてきた。
江戸時代には、関東総鎮護の霊山として大山を参拝する「大山詣り」が大流行。東西南北各地から大山を目指し、富士山の富士講と同様に大山詣りの大山講がいくつも結成されて賑わったという。その様子は浮世絵にも描かれ、旅を楽しむ姿が見て取れる。
大山の麓に延びる大山阿夫利神社への参道には、大山講の“板まねき”を掲げた御師(おし)の宿坊や、名物の大山豆腐の店が軒を連ねており独特の風情がある。毎年7月27日から8月17日に行われる夏山講は、今なお多くの参詣客で賑わうという。
落ち着いた空間で味わう豆腐会席
参道には多くの豆腐専門店が点在するが、その一軒「とうふ処 小川家」は、趣深い佇まいと、主人の小川恵巳さんが腕をふるう会席スタイルの料理がリーズナブルに食せるとあって評判を呼んでいる。
豆の香りと甘みが生きた豆腐を主役に、季節感あふれるひと皿を一品ずつ提供する。季節ごとに料理の内容が変わるが、今回は梅コース(3150円)をお願いした。供された料理はどれも見た目も素晴らしく、食欲をそそる。
ワサビが添えられた胡麻豆腐はぷるぷると弾力があり、口に含むと滑らか。ワサビが良いアクセントだ。自家製ポン酢でいただく湯葉の刺身、優しい出汁の味が効いたちり蒸豆腐、子供が喜びそうな豆乳グラタンなど目と舌を楽しませる逸品が膳を賑わす。
湯豆腐は豆乳の中に豆腐が入った贅沢づくし。鍋の中の豆腐を食べ終えて豆乳が煮立つと湯葉ができあがるのだが、これもまた良し。白和えや衣がカラフルな揚げ出し豆腐も美味である。デザートにはブルーベリーソースが添えられた豆腐のムースをいただいた。見渡す限りの豆腐料理だったが、飽きることなくすべて美味しく平らげた。
豆腐は良質なタンパク質が多く含まれた健康食品。古くから仏僧たちによって精進料理のメインとして食されてきた食材でもある。はるばる江戸から歩いてやってきた大山詣りの参詣客たちが参道の豆腐料理で腹を満たし、頂上の石尊大権現まで登り祈りを捧げた。
日本伝統の機能性食品・豆腐を心ゆくまで食すなら、大山詣りと一緒に「とうふ処 小川家」を、ぜひともおすすめしたい。
文/岩谷雪美 写真/秋武生