ライブ感溢れるカウンターで鷹ヶ峰の野菜を味わう
上賀茂の大田神社といっても、この季節観光客で訪れる人はまず、いないだろう。境内は古さびた風情で、人影もない。それが、気持ちよかった。この神社の裏山には「大田の小径」と呼ばれる散策路があり、高台からは京都市街が一望できるそうだが、この日は山へは行かず、竹林が残る山裾の道をぶらぶらと歩いた。折から強くなってきた風が、路傍の垣根の上に落ちた紅葉を、ふわりと空に吹き上げてゆく。こんなに風趣あふれる道なのに、誰もいない。人で賑わう京都も奥へと入れば、こうした場所がまだまだあるのだろう。
そんな人影まばらな北野の住宅街の端に、「御料理 秋山」がある。今しがた歩いた道の風情にぴったりの、古民家だった。階段を上がり門をくぐると、玄関にかかった白い暖簾が、招くように風に揺れた。
「どうぞ、待合にお入りください」勧められるまま、炭火のおこった囲炉裏がある一間へ。完全予約制のため、準備が整うまでここで時間を待つそうだ。お茶をいただきながら、しゅんしゅんと鳴る鉄瓶の音を聞く。建物は戦前に滋賀県から移築されたものだという。やがて、カウンターへ案内された。主人の秋山直浩さんは、「京都吉兆」で13年間研鑽を積み、平成18年(2006)にこの店を開いたそうだ。
「お客様と直接顔を合わせながら料理がしたいと、カウンターだけの店にしたんです」そんな秋山さんの料理を方向付けたのが、吉兆時代の先輩を通して知り合った鷹ヶ峰の野菜農家・樋口昌孝さんの存在だったという。同地で400年続く農家で、自家採種で伝統の京都野菜を守っている方だ。開業準備中にその畑作業の手伝いに通っていた秋山さんは、今も毎朝ここからバイクで畑へ出向き、野菜を選び、自ら泥を落として料理を考える。
「毎日畑にいて、野菜がわかるようになりましたし、何より料理が変わりました。例えば樋口さんの蕪はとても柔らかいので、そのまま炊くと崩れてしまう。だったら蒸すかスープにしよう、とか」
魚は明石の港から直送してもらうという。仕入れの産地をひとつに絞ることで、嫌でも海の四季に敏感になると、秋山さん。猪や鹿は、美山の知り合いから仕入れるそうだ。
そうして始まった夕食のコース。目の前で、料理が仕上げられていく。この日の先付は、舌平目と千枚漬け、鰆とすぐき、レタスと柴漬けの和え物。煮物椀は、明石産の手長蛸とキャベツのしんじょう。八寸には、松葉蟹が登場した。添えられているのは、はたけ菜の国産オイルサーディン和え。そして炊き合わせには、炭火で炙った穴子と大根、金時人参を穴子の頭でとったダシでじっくり炊いたもの。あん肝の練り味噌が、素朴な野菜の味に濃厚なアクセントをつけている。そして最後の茶菓が囲炉裏の間で供される。秋山さんが亭主となり点てる抹茶で、美食のひと時が締めくくられるのだ。
闇が深まった分、炭火が大きく見えた。洛北の夜の“ 静けさ”が、今日最後のもてなしかもしれなかった。
文/奥 紀栄 写真/遠藤 純