店主の原田さんは中学生の頃から家業の書店を手伝い、人文系の良書を中心に“良い本”取り揃え出版関係者から厚く信頼されていたが、2014年、フリースペースと書店が融合した形態で書店をリニューアルしたのである。改装以前の「知られざる一冊を届けたい」その思いが詰まった本棚の思い出をたどる。
出版関係者に厚く信頼されたわけ
西荻カルチャーの総本山ともいわれる本屋である。いわゆる“町の書店”なのだが、その品揃えは他とはひと味違うものだった。とにかく人文系の書籍が多い。「本とはそういうもんだと思ってやってきました」。と語ってくれた店主の原田さんは、昭和9年(1934)に父が始めた書店を、中学生の頃から手伝ってきたという。
小さな店で回転率の鈍い本を常備するのは、本来ならば避けたいことだ。そこで原田さんは書店仲間を募って本のローテーションを始めた。どんなものかというと、棚1つ分の人文系書籍を仲間の各店で回していく仕組みである。
「図書館に入らなかった本」コーナーには、公立図書館のセレクトから落ちた良書を置く。というのも書店商業組合では毎月、公立図書館に本を納入している。しかし返品されるものもあり、そのデータを活用して良書を選んで紹介していたのだ。
良い本を出す小出版社を応援する「本屋が育てる出版社」というコーナーもあった。夜遅くじゃないと来られない客のために店は深夜まで開け、不規則な時間で生活する場合が多い本の著者たちも訪れていたという。
買い切りで仕入れる人文書の選択は常に真剣勝負。知られざる一冊を読者のもとに届けたい、そんな原田さんの気持ちが詰まった書店だったからこそ、文筆家や出版関係者が多い西荻窪の土地で、「信愛書店」は厚く信頼されていたのだろう。
業態の変化、リニューアルへ
しかし2014年冬、本屋として先代から80年間続けてきた店を、地域の人が集まるフリースペースと、厳選した新刊と古本を扱う業態へリニューアルした。
「でも、一角で本当に読んでほしい本の販売は続けていきます。知的な広場としての本屋は、町に必要なものですから」。形は変われど、本を愛する心の灯は消えることはないのだ。
※当記事の取材は2014年に行われたもので、掲載にあたり加筆修正しています。
文/秋川ゆか 写真/渡部健五