ゆったりとした東山を借景に名園と料理を味わう

参道を進み三門へと近づくにつれ、東山を借景としたその威風に思わず目を細める。名残りの紅葉狩りを楽しむ人々もまた、艶やかな紅葉とその樹上に聳える門を見上げては、それぞれに感嘆の声を上げていた。

鎌倉時代に建立された日本最初の勅願禅寺、黄檗宗南禅寺派の大本山・南禅寺。後嵯峨天皇が東山の山裾に造営した離宮を、のちの亀山上皇が寺院としたもので、鎌倉五山の上に列せれた高い格式を誇る名刹として知られる。国宝の方丈や寺域内の塔頭には、狩野探幽の障壁画や長谷川等伯の襖絵、小堀遠州作と伝わる枯山水庭園「虎の子渡し」など、見るべき美があふれているが、ゆったりとした邸宅が集まる一帯を散策するだけでも、伸びやかで気持ち良い。かつては今よりもさらに広大な寺領を誇った南禅寺の一部が、明治の遷都に伴い国から民間へ払い下げられ、そこに、今に残る邸宅や別荘群が造られたのだという。

紅葉狩りの帰途に訪れたここ「八千代」も、大正5年(1916)に別荘として建てられたものだそうだ。参道に面して約900坪もの敷地をもつ同館はまた、南禅寺や平安神宮、京都御所などの作庭を手がけた明治初期の庭師・小川治兵衛の庭を有する。館名に「料庭」と記す所以だ。

大正5年(1916)に建てられた「八千代」。料亭旅館の玄関と、玄関から続く廊下。今は宿泊客のほとんどは外国人だと、女将。かつては吉田茂も通った宿だ。

風情漂う本館の門から昔風の玄関へと上がる。本館は17室の客室をもつ旅館で、奥に続く別館に、宿泊客以外でも湯豆腐や会席料理が味わえるレストランが併設されている。「今年の紅葉は近年で一番いいですよ」というタクシー運転手さんの言葉通り、南禅寺では絵のような錦秋が楽しめた。続きはそんな名園を眺める料理屋で、杯を傾けながら楽しむというのが今回の趣向だった。

別館に造られた庭園レストラン。窓の向こうにはオープンエアのテーブル席も用意されている。八千代名物の庭園は、明治初期の庭師・小川治兵衛が手がけたもの。
手水鉢の水に、葉陰が映る。至る所に、かつての別荘らしい風情が。

「もともとは魚問屋を営んでいたようで、御所の御用も務めていたそうです。明治頃には上京区で料亭を営んでいましたが、戦後、店をここに移すことになったと聞いております」

そう教えてくれたのは、女将の中西裕子さん。早速、庭の見える席へと案内してもらう。

「向こうは南禅寺さんの寺域なので、この景色はずっと変わりません」

窓の向こうには美しい紅葉の庭。これだけでも贅沢だが、供される料理もまた、艶やかだった。ゆずりはが添えられた美しい八寸には、子持ち鮎の有馬煮や栗きんとん、いくらの醤油漬け、からすみなどが並んでいる。続いては、天然鯛とイカ、車海老のお造り。あしらいに飾られた切り目の美しさが、気持ち良い。そしてホロリと崩れるゆり根やシメジを練りこんだ聖護院蕪の蒸し物は、蟹餡が優しい風味を添えている。

天然の鯛、もんごうイカ、鮪、車海老の入った、目にも美しいお造り。
ゆずりはが添えられた、冬らしい八寸。
「聖護院蕪の蕪蒸し」。そのほか先付、揚げ物などが並ぶ10品の会席コースは1万円~2万5000円(要予約)で愉しむことができる。

総料理長の本道敏行さんが、中央市場や農家から仕入れる京野菜を丁寧に、美しい皿へと仕上げていく。やがて音をたてながら運ばれてきたのは、11月から3月に一番脂が乗るという名物「すっぽんの丸鍋」だ。

「熊本の養殖池で3年間育てたすっぽんを湯通しし、3時間ゆっくり炊くんです。それを一晩寝かせてから、醤油と塩で味付けし、焼きネギと焼き豆腐、出汁と一緒にして仕上げます。湯豆腐が名物ですが、スッポンの鍋も美味いんですよ」

冬の名物「すっぽんの丸鍋」。濃厚なスープに体が温まり、顔がほころぶ。

焼き豆腐は、滋賀県産の大豆と京都が誇る良質な地下水で作られたもの。ふんわりとした食感に濃厚な出汁が沁みていて、口にすると思わず、顔がほころぶ。

ゆっくりと一つひとつを味わいながらふと外を見れば、薄紫色の夕闇が辺りを包み始ていた。

総料理長の本道敏行さん。31歳の時から滋賀・琵琶湖畔の料亭で料理長を務めてきた方だ。ここ15年間は、同館の厨房を預かっている。

文/奥 紀栄 写真/遠藤 純