明治期にいち早く開業し、山小屋の黎明期を支えた草分け

北アルプスの数ある山小屋の中でも、最も古い歴史を持つのが白馬岳の「白馬山荘」である。その創業者・松沢貞逸(まつざわていいつ)が山荘を開業させたのは、営業小屋が次々と誕生した大正初期より10年近く前、明治39年(1906)のことであった。

優れた先見性を活かし若くして山小屋を開業した貞逸

貞逸は、白馬の四ツ谷で旅館を営む家に育った。彼がいち早く山小屋経営を始めた先見性は、祖父と父から受け継いだものだったといえるかもしれない。祖父・吾標は新田村で数少ない旅籠を経営し財を成した。また父・直次郎も、一時は火事で旅籠を失うがすぐさま機転を利かせ、将来的に人の流れが賑わうと見込んだ四ツ谷で旅館を開業し見事成功。そんな二人を見て育ったことにより、貞逸の経営者としての基盤が築かれたことは間違いない。

貞逸と白馬岳の出会いは、明治33年(1900)で11歳の頃だった。

登山の詳細はわかっていないものの、この時すでに彼の心には山小屋建設の構想が芽生えていたのかもしれない。なぜならその5年後、16歳の若さにして、白馬岳にあった石室の使用権を買い取ったのである。

この大胆な行動は、周囲から疑問の声が囁かれたという。しかし、貞逸は石室を整備し、明治39年(1906)には「白馬頂上小屋(後の白馬山荘)」の営業を開始。開業当初の宿泊客 は決 して多 くなかったものの、当時珍 しかった山小屋誕生 の噂 は次第 に広 がり、宿泊客 は劇的 に増加 した。大正4年(1915) には、年 に4,000人 もの客 で溢 れかえった。 さらに、翌年 には大雪渓 に「白馬尻小屋」 も新築 し、貞逸 は山小屋経営 を見事軌道 にのせたのである。

先代の意志を継ぎ今も愛され続ける山小屋へと発展

ところが、大正15年(1926) に悲劇 が起 こる。交通事故 により、貞逸 はこの世 を去 ることとなったのである。37歳 の若 さだった。貞逸亡き後 は、後継者 が経営 を引 き継 ぎ、今や白馬山荘 をはじめ、栂池 ヒュッテ、白馬大池小屋、白馬尻小屋、五竜山荘 などを経営 する国内最大級の山小屋グループとして、多くの登山者に親しまれている。


《白馬山荘》
・日本三大雪渓のひとつを有する白馬岳(2,932m)は、“花の山”と称されるほど高山植物の宝庫としても有名。また、日本初の登山者向け山小屋「白馬山荘」があることでも知られる。800人収容可能の大規模な山荘は、まさにホテルといっても過言ではない。
・URL:https://www.hakuba-sanso.co.jp/yamagoya/hakubasanso.html
・TEL:0261-72-2002(白馬館)
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