たとえ登山の経験がなくても、登山届の存在は耳にしたことはあるかもしれない。登山届はただ情報を提供するというものではなく、登山者本人の身を守る上で重要な意味をもっている。
ここでは山登りを安全に楽しむために、登山届の内容や書式、そして提出方法について詳説する。
登山届(登山計画書)とは?
登山届は、正式には登山計画書と言い、文字通り山に登ってから下山するまでのプランを事前に記載・提出するものである。登山届の提出は基本的には任意であるが、県など自治体レベルで、特定の山に登る際に届出を義務付けている場合もある。
代表的な例は、日本の屋根とも呼ばれる長野県や、富士山を擁する山梨県だ。また、人気の高い北アルプスの名峰が連なる富山県や岐阜県でも、登山届の提出を義務付ける条例が設けられている。
登山届(登山計画書)を提出しなければいけない理由
登山届の提出は登山者のマナー程度に考えている人もいるかもしれない。しかし実際には、登山計画書は他でもない登山者のために必要なものなのだ。ここでは、その重要性について3点に分けて解説しよう。
無計画な登山を防ぐため
山での遭難と言うと、2000メートル級の高山で起きているイメージが強いだろう。だが、近年ではむしろ中・低山での遭難事故が増加している。その原因の約3分の1が道迷いと言われ、数百メートルの山と侮って無計画に入山し、道を誤って遭難するケースが増えているのだ。
登山計画書を作成するということは、その山についてきちんと下調べをするということである。ルートや迷いやすいポイントがあらかじめ頭に入っていれば、道迷いの危険性を軽減することができる。
また、計画に無理な点があれば、登山届の作成時点で気づいて変更することも可能だ。「備えあれば患いなし」の諺どおり、登山届の存在を念頭に置くことで、無計画な入山を防げるだろう。
いざというときの対処に迷わないようにするため
天候の急変や体調の悪化など、山の中で計画の変更を余儀なくされる場合もある。根幹となる計画がきちんとできていればこそ、緊急の下山ルートを確保したり、最寄りの山小屋へ避難したりするといった、柔軟かつ正確な対応が可能になる。
山の中のような環境では、いざというときでも落ち着いて行動することが求められる。事前に計画書を準備しておくことで、どのような事態に直面しても冷静に対処することができるのだ。
緊急時の捜索活動をスムーズに行うため
もし遭難してしまったとき、高山であれ低山であれ、やみくもに捜索するのは非効率であり、なにより遭難者の生死にかかわる。あらかじめ登山コースがわかっていれば、捜索範囲を絞ることができ、迅速な救助につながる。ルートだけでなく、携行品や食料の内容によっても、捜索活動や範囲は大きく変わるのだ。
また、登山の計画をあらかじめ誰かに知らせておけば、そもそも遭難したという事実に気づくまでの時間も短くなる。そのため、登山届は家族や友人とも共有しておくことをおすすめする。
登山届(登山計画書)の提出先
登山届の提出先は、各自治体の警察署である。大きな山の登山口には登山ポストが設置されていることも多く、その場合はポストに投函すればよい。
場所によっては、最寄りの鉄道駅に登山ポストが置かれていることもある。ただし、登山ポストは必ずあるとは限らないため、できるだけ事前に届け出るのが望ましい。
提出する警察署も、どこでもよいというわけではなく、山域ごとに管轄の署がある。たいていは都道府県警本部に担当部署があるが、群馬県や鹿児島県など複数の管轄にわかれている場合もあるため、調べてから届け出る必要がある。
また登山届の出し方についても、警察署によって取り得る選択肢が異なる点に留意すべきである。
登山届(登山計画書)の記載方法
登山届には、実は決まった書式というものはない。何をどの程度記載するかは登山者の裁量に任されているが、計画書を提出する目的に沿って、最低限以下の点については書いておいた方がよいだろう。
- 各登山者についての情報(氏名、年齢、生年月日、性別、住所、携帯電話番号、緊急連絡先、保険加入の有無、服装の特徴)
- 登山の日程(入山予定日時、経由地の到着日時、下山予定日時)
- 登山ルート(登山口、経由地、下山口、エスケープルート)
- 携行品および食糧(食糧については何日分あるか)
書き方は自由ではあるが、日本山岳協会(JMSCA)や警察署によってはひな形をオンライン上に用意している場合もある。作成に不慣れなうちは、これらを利用するのが便利で確実だ。
登山届(登山計画書)の提出方法
登山ポストが設置されていることがわかっていれば、その場で投函すればよい。ただし、当日うっかり忘れてしまい、現地で書き直すなどとなれば逆に面倒だ。
また、個人情報に対する意識の高まった近年では、厳重とは言えない登山ポストに住所や電話番号など詳細まで記載された登山届を預けることへの抵抗感もあるだろう。
以前から届け出先の警察署では、郵送やFAX、そしてメールでの提出も受け付けていた。加えてここでは、新たに登場した「コンパス(Compass)」というシステムを紹介したい。
これは公益社団法人「日本山岳ガイド協会」が特定の県ないし県警と連携して運営しているもので、登山届の作成から提出、共有までを1つのサイトで行える優れものだ。2019年時点で利用可能なのは23道府県で、将来的には全国の都道府県および警察との協定締結を目指している。
利用に際しては会員登録が必要だが、会費はかからない。家族や友人の連絡先を記入すれば、計画内容や下山報告を共有することもできる。さらに一度記入してフォーマットを作れば、次回からの登山届の作成がスムーズになる。パソコンだけでなく、スマホでもアクセスできるのも大きなポイントだ。スマホ向けには、すでにアプリも登場しているので、ぜひ活用してもらいたい。
登山届は万が一のときにだけ役に立つというものではない。プランを練り、計画書を作成すること自体が、入山者の安全な登山を担保することになる。技術面でも提出が容易になった今日、たとえ数百メートル程度の低山であっても、登山届をできるだけ作成して計画的に登山を楽しむように心がけてもらいたい。