独自の美意識で人々の心を惹きつける金沢。伝統工芸や現代アート、そして食文化など、その魅力を五感で感じる旅に出た。
■知る人ぞ知る ひがし茶屋街の歩き方
五感で感じる贅沢大人旅は、ひがし茶屋街から始めよう。
ひがし茶屋街は、金沢に残る茶屋街の中でも特に有名だ。江戸時代以来の町家が美しく保存され、出格子が特徴的な情緒溢れる木造りの建物は、約100年以上前の面影をよく残している。
現在その多くは土産物店や飲食店として活用され金沢有数の観光スポットとして賑わいを見せているが、その一方で、芸妓が客をもてなす昔ながらの茶屋も現存しており、そこでは「一見お断り」のしきたりが今も頑なに守られている。
金沢の伝統文化の象徴といってもいいひがし茶屋街では、現代に受け継がれてきた伝統工芸に出会うことができる。作家の個性が光る作品の数々は、きっと旅の思い出となることだろう。
伝統を大切にしながら未来志向で歩みを続ける金沢の価値観を五感で感じる旅である。その奥深さと包容力を感じることができた。
■現代の伝統工芸品を金沢の旅の思い出に
金沢箔、金沢九谷焼、加賀友禅、加賀象嵌、加賀水引など、なぜ金沢には伝統工芸が現代に受け継がれてきたのか。それは江戸時代の加賀藩・前田家による文化政策を抜きには語れない。
京都や江戸から名工を招き、伝来の素材や技術が組み合わされたことで、武家文化らしい豪華さと繊細さを合わせ持った独自の美意識が育まれた。ひがし茶屋街がそうであったように、大きな災害や戦禍に遭わず継承が途絶えなかったことも大きい。
ひがし茶屋街には伝統工芸品を扱うギャラリーが数多く集まっている。品揃えはバラエティに富み、個性的な作品に出会うことができる。もちろん、そのどれもが一品物のハンドメイド。新進気鋭の若い作家が手掛けた作品も多い。
それぞれ扱う作品に違いはあるが、どのギャラリーにも共通するのが、金沢の伝統工芸を過去の逸品とすることなく、現代の感性で磨き上げていこうとする思い。現代を生きる作家の作品が、暮らしに彩りを添えながら、旅の思い出を印象づけてくれることだろう。
伝統工芸品もさりながら、ひがし茶屋街ギャラリーそのもの、築約200年の町家建築も必見だ。客を2階座敷へ上げるために入口付近に設けた大階段、内側に向けて台形の木虫籠と呼ばれる縦格子(外から見えにくく内から見やすい)、母屋が蔵を囲い込んだ構造の町家もあり、往時が忍ばれる。
●金澤しつらえ
石川県金沢市東山1-13-24
TEL/076-251-8899
営業時間/9:00~18:00
定休日/木曜
https://premium.hakuichi.co.jp/
●金澤美藏(かなざわみくら)
石川県金沢市東山1-13-7
TEL/076-282-9909
営業時間/平日 11:00~16:00、休日10:30~17:00
定休日/火曜
https://plus-e.art/
●一笑(いっしょう)
石川県金沢市東山 1-26-13
TEL/076-251-0108
営業時間/12:00~17:00(LO16:30)
定休日/月曜・火曜(祝日の場合は水曜)
https://issho.kagaboucha.com/
●縁煌(えにしら)
石川県金沢市東山1-13-10
TEL/076-225-8241
営業時間/10:00~17:00
不定休
https://enishira.co.jp/
■作品に込められた思いをダイレクトに感じたい
金沢は街そのものが刺激に満ちた現代アート空間だ。
金沢の商業中心地、香林坊にほど近い現代アート美術館を訪ねた。住所を頼りに向かったが、通り過ぎてしまったのか見当たらない。いや、確かにあった。
ブティックのような小さな建物がそこだった。それもそのはずKAMU kanazawaは、徒歩圏内に点在する展示スペースを、徒歩で巡りながら現代アートを楽しむ美術館。まず最初に訪れたのはKAMU Centerと呼ばれる場所。ここがチケットを購入するスタート地点でもあったのだ。
KAMU Centerで地図を手渡され、後は自由行動だ。どの展示スペースを鑑賞してもいいし、どんな順番で見ても構わない。途中でショッピングを楽しんだり、カフェで休憩したりもOKだ。屋外での展示もあり、昼と夜ではまったく表情が変わるので、何回も足を運んでしまった。
KAMU kanazawaは2020年のオープン当初から話題となり、口コミや映像がSNSなどにも数多く出回っている。だが、作家の思いやそこに込められたメッセージは、実際に作品と向き合うことでこそ受け取ることができる。現地で自らの感性を頼りに鑑賞することをお勧めしたい。
◆INFINITE STAIRCASE(レアンドロ・エルリッヒ)
螺旋階段を横倒しにしたような造形の作品で、鑑賞者が作品の中に入って楽しんでもらう体験型インスタレーション作品。永遠に続く螺旋階段の中に入り込んだような感覚を味わえる。「KAMU Center」の1階に常設展示されている。
◆Once Upon a Who?(サイモン・フジワラ)
英国人作家サイモン・フジワラによるストップモーションアニメーション。用水路沿いにカフェやショップが立ち並ぶ、せせらぎ通り沿いの「KAMU SsRg」(写真)で上映されている。
◆Lip Bar(森山大道)
繁華街・片町のフードラボとおりゃんせ内「KAMU L」にある写真家・森山大道のインスタレーション作品。同氏を象徴するモチーフである唇で空間全体を覆い尽くし、社会の猥雑さや欲望を表現した。
◆Líthi(黒川良一)
ベルリンを拠点に活動する映像/音響アーチスト黒川良一による作品で、暗闇の中にサウンドとストロボライト、レーザー光線が飛び交う。竪町商店街にある「KAMU BlackBlack」で展示。
◆泥足(久保寛子)
香林坊東急スクエア屋上にある「KAMU sky」には、注目のアーチスト久保寛子による大型作品を展示。幅7m×奥行8m×高さ3.5mの巨大な2本の足は迫力満点!
◆Tea Bowl など(桑田卓郎)
「梅華皮」「石爆」などの伝統的な陶芸の技術を用いた独創的な表現で、世界的にも高い評価を得ている桑田卓郎の作品。どれも極めて個性的な造形だ。KAMU Centerに企画展示されている。
●KAMU kanazawa
石川県金沢市広坂1-1-52
休館日/月曜
開館時間/11:00~18:00
入館料/大人1日券¥1500、大人2日間券¥2000、大人3日間券¥3000、中高生1日券¥1000、中高生2日間券¥1500、中高生3日間券¥2500、
小学生以下無料
https://www.ka-mu.com/
■アートが問いかける現代人の心を動かす
「ブルー・プラネット・スカイ」の中に立っている。米国人作家ジェームズ・タレルが手がけたこの作品は、およそ11mの部屋である。
見上げると天井が正方形に切り取られ、ぽっかりと空に向かって開いている。季節、天候、そして時間によって変化する「正方形」を眺めることで、いつもは気付かない内的な感覚が呼び覚まされていくようだ。
「どのように光を感じるか」というジェームズ・タレルの問い掛けに、無意識のうちに自ら回答を用意しようとしているのかもしれない。
金沢市の中心部に位置する金沢21世紀美術館は、現代アートの実験的な美術館だ。藩政期から伝わる伝統工芸をはじめとする金沢に根付く固有の文化が、多様化する21世紀にどのような可能性を秘めているのかを、インターカルチュアルな視点に立って提示している。
現代人の心を動かすさまざま仕掛けがこの美術館には施されている。金沢城や兼六園といった観光名所からも近いので、気軽に立ち寄ってみてはいかがだろうか。現代アートを思うままに楽しみたい。
●金沢21世紀美術館
金沢21世紀美術館は、誰もがいつでも気軽に立ち寄ることができ、さまざまな出会いや体験を提供する公園のような美術館だ。
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL/076-220-2800
開館時間/交流ゾーン9:00~22:00、展覧会ゾーン10:00~18:00(金・土曜は20:00まで)
休館日/月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
入館料/無料(交流ゾーン)、※展覧会ゾーンにはそれぞれの展覧会観覧券が必要
https://kanazawa21.jp/
●スパイススタンド 青春./ギャラリーAdolescence.
石川県金沢市竪町99
TEL/076-204-6453
営業時間/12:00~22:00(LO21:30)※金曜・土曜・祝日前は23:00まで(LO22:30)
https://www.instagram.com/spice_stand_seishun/
武具装飾をルーツとする伝統工芸・加賀象嵌を実体験
金沢に伝わる希少伝統金属工芸である加賀象嵌。ギャラリーセーブルの坂井天心さんの指導を受けながら、アクセサリーに模様を入れる加賀象嵌の製作体験に挑戦した。
体験後は金属工房の見学や実際に体験したからこそ分かる加賀象嵌の精巧な技や美しさを反映した作品の数々を鑑賞でき、気に入った作品は購入も可能だ。体験料金は3000円〜。
●ギャラリー セーブル
石川県金沢市大手町7-29
TEL/090-1569-5972
営業時間/10:00~17:00
定休日/ 不定休
https://www.gallerysable.jp/
■現代和食レストランの提案 輪島塗で最高の食体験
石川の特産漆器、輪島塗の器で最高の食体験を提供しているのが、「現代和食レストラン」をコンセプトに掲げるクラフィートだ。
今や輪島塗は伝統工芸品。日常的には使いにくいと思われがちだ。しかし、輪島塗は使ってこそ真価を発揮する。「そもそも輪島塗は生活に根差した丈夫な漆器です。
化学物質が使われていないこと、保温・保冷性の高さ、口当たりの良さなど、優れた部分がたくさんあるんです」と店主。とはいえ輪島塗で料理をいただく機会はそう多くはないはずだ。
おでん皿が5万円、塗り碗が50万円と、高級品であるのも事実だ。だが、その価値は十分にあるといえるだろう。
●CRAFEAT(クラフィート)
石川県金沢市木倉町5-2
TEL/090-4740-4177
営業時間/17:00~23:00
https://www.craft-eat.com/
■すべてがエキサイティング 未知の料理の世界を堪能
金沢で未知の食体験といえば、A_RESTAURANTだ。ジャンルにとらわれない自由闊達な料理には驚かされるばかり。凝った演出や芸術的な盛り付けでも楽しませてくれる。
ヘッドシェフが日本料理出身だけに、地元金沢の旬の食材の扱いは手慣れたもの。さり気なく日本料理の技法が織り込まれていたりして、どこかホッとさせるテイストも感じさせる。
料理の味わいを引き立てるワインを世界中からセレクトし、ペアリングを提案してくれるのもうれしい。味わうもの全てがオリジナリティにあふれ、エキサイティングだった。
食体験に飽き足りなくなったら、ぜひ金沢を訪ねて欲しい。
●A_RESTAURANT(ア_レストラン)
石川県金沢市片町2-23-12 中央コアビル 2階
営業日/月・火・木・金・土(要予約)
https://a.restaurant.co.jp/
■金沢おでんで賑わうもよし 静かなバーで過ごすもよし
どこか気兼ねなく過ごせる店はないかと、ふらり夜の街に出た。
金沢を代表する繁華街といえば片町だ。犀川大橋から香林坊に至る国道157号沿いには商店が立ち並ぶ。近年は大型ショッピングセンターや高級ブランド店も増えているが、路地を一本入れば趣のある飲食店が軒を連ねる。
金沢おでんの店は常連客で賑わっていた。金沢おでんは出汁がうまい。黄金色の出汁は北陸の山海の幸のうま味が滲み出た上品かつ濃厚な味わい。これがまた熱燗にした石川の地酒ともよく合うのだ。
金沢おでんの冬の主役ともいえるのが「カニ面」。香箱ガニ(ズワイガニの雌)を1杯使った贅沢な一品だ。
なんでも地元では目上の人間が頼まなければ頼みにくいらしく、気を使って1人1回に限るのが暗黙のマナーだと、隣に座った地元の客が小さな声でそっと教えてくれた。もっともカニのうま味をたっぷり吸ったおでん種はどれもうまいのだが。
昭和の飲み屋街の面影を残すやきとり横丁も趣があっていい。木倉町通りに沿って建つ木造2階建て長屋の1階、通路を挟んで12区画に日本料理店や居酒屋などが入居している。
各店の広さはわずか10m程度。どの店もカウンター席で客が6〜7人も入れば満席となってしまう。カウンターだけの小さなバーで盃を傾けながら、金沢の夜を静かに過ごした。
●季節おでんじゅん
石川県金沢市片町2-23-6フードラボとおりゃんせ内
TEL/090-1395-0854
定休日/月曜
https://www.instagram.com/odenkid2022/
●々(のま)
「々」はカウンターのみの小さなバー。照明を暗く落とした店内には無粋な張り紙などもなく、静かに会話を楽しみながら時を過ごすのにちょうどいい。
のれんのすき間から店の中を覗くと落ち着いた雰囲気のバーだった。店名は踊り字「々」と書いて「ノマ」と読ませる。
石川県金沢市木倉町6-4
やきとり横丁内
定休日/不定休
https://www.instagram.com/noma_yakiyoko/
金沢らしいもてなしで迎える ひがし茶屋街近くの宿
金沢・ひがし茶屋街のすぐそばに佇む「HOTELらしく金沢」。この土地に根付いた金沢らしさを、訪れた人に感じてほしいとの思いが「らしく」の名に込められている。
館内の随所に施された、城下町・金沢らしい上質な設えも魅力。石川県で育った木材を使用するなど、地産地消にも取り組んでいる。
全15室、ひとつとして同じデザインがない客室では、加賀友禅の絵柄のドレッサーや椅子など、金沢の伝統文化が随所にちりばめられている。
●HOTELらしく金沢(ほてるらしくかなざわ)
石川県金沢市東山1丁目 4番7-1号
TEL/076-287-0012
1泊2食付き(2名)料金/6万4200円〜(税・サ込)
https://rashiku-kanazawa.jp/
撮影/遠藤純 文/仲武一朗 協力/金沢市観光協会
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