思わず足を止めてしまうレトロな外観と居心地がいい正統派喫茶店
まず外観からして、ひと目惚れしてしまう佇まいなのだ。店の入口の脇はタバコの販売スペースとなっていて、昔ながらの窓ごしに接客してもらえる作りとなっている。喫茶店と言えば、愛煙家が集う店という伝統を、しっかり守り続けていると思われる。
扉を開けると、カウンター席のみの店内すべてが見渡せる。一番奥の席には常連さんらしき人が座り、カウンター内にはママさんがテキパキと立ち働いている。そして勧められるままに中ほどの席につき、ブレンドコーヒーを注文。
気前よくスプーンにたっぷり2杯の豆が、今ではなかなかお目にかかれなくなった起毛のネルフィルターの上に盛られる。そこにお湯が注がれると、店中がコーヒーの香りに包まれ、朝のせわしなさを忘れさせる。そんなネルドリップで淹れられたコーヒーは雑味が消え、何とも滑らかで柔らかく、優しい味。一杯470円。
「昔は300mもないこの通り沿いに、喫茶店が7店はあったのよ。朝早くから夜の仕事を終えた割烹の板前さんが帰宅前にひと息つきに寄ったり、逆にこれから会社に向かう人がコーヒーを飲んでまずは寛いだりして、けっこうどこも賑わっていたもの。今は割烹も喫茶店もほとんど姿を消しちゃいました」
そう教えてくれたママさんは、常連さんたちから“かずちゃん”と呼ばれ親しまれている。地元密着の店だが、かずちゃんの温かな雰囲気と気さくな物言いのおかげで、一見さんでもすぐに居心地が良くなってしまうのだ。
コーヒー1杯だけで立ち去るのが勿体ない気分になってきて、ふとカウンター内に目をやると「モーニングセット」の張り紙。小腹を満たすつもりで、オーダーしてみた。すると出てきたのは目玉焼きにソーセージ、野菜サラダに苺、チーズまで付いているという豪華なセット。トーストは1枚分なので、これはモーニングというよりはブランチと言えるボリュームだ。そしてラッキーなことに、アップルパイを作る都合で出来たリンゴのコンポートまで、サービスで付けてくれた。
このコンポートがあまりにも美味しかったので、お腹はかなり一杯だったにもかかわらず、アップルパイもオーダーしてしまう。なにしろこの店は昭和26年(1951)、西洋菓子の職人だった、かずちゃんのお父さんが開業。現在は菓子職人とこの店のマスターという、二足のわらじを履くかずちゃんの息子さんが三代目を務めているのだ。人気のアップルパイのレシピは、初代の頃と何も変わっていない。昭和の極上ケーキ(スイーツでは決してないっ!)の味を今に伝えている。
昔のままの店構えにネルドリップで淹れたコーヒー、そして戦後の食糧難の時期に贅沢品とされたケーキの味を今も守り続ける。そんな粋な喫茶店は、今日もたくさんの人たちにゆとりの心を思い出させてくれる。昭和、平成、そして令和の世もずっとずっと。
こんどうコーヒー
静岡県浜松市中区千歳町14
TEL:053-455-1936
営業時間:8:00〜21:00(日・月曜日は〜20:00)
定休日:火曜日
取材・文/野田伊豆守(のだいずのかみ)
歴史、旅行、アウトドア、鉄道、オートバイなど幅広いジャンルに精通。主な著書として『太平洋戦争のすべて』、共著『密教の聖地 高野山』(以上三栄)、『東京の里山を遊ぶ』『旧街道を歩く』(以上交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)、など。
写真/金盛正樹