低くなった気温に、頬をかすめる冷たいビル風。冷えた体を温めてくれる「馴染みの一杯」が恋しくなる季節だ。

一杯といっても、ここでは“そば”の話。それも立ち食い。忙しい時でもさっと食べることができて、お腹も心も温めてくれる立ち食いそばをもっと楽しむために、東京23区内で味わえる代表的なチェーン店のそれぞれの味わいを紹介する。

●立ち食いそばは江戸で生まれた

そもそも、「立ちながら食べる」という斬新なスタイルが生まれたのは江戸。その誕生には、多くの人が集まる大都市ならではの背景があったようだ。

▷働き者のファストフード

そばやすし、天ぷらなど、屋台で食事を提供するスタイルが普及したのは江戸時代。

きっかけは、江戸時代初期の明暦3年(1657年)に起こった明暦の大火だった。江戸市中の大半が燃え、江戸城天守をも焼失した江戸時代最大の大火の後、まちの再建のため全国から大工や職人が江戸に集まった。

復興のため忙しく働く職人たちが、仕事の合間に素早く食事をとるために人気を集めたのが、そばをはじめとする立ち食いの屋台だったのだ。

当時、食事は1日2食。一日中働きづめの職人にとって、仕事の合間にエネルギーを補給するための補食の意味合いもあったのではないかと想像できる。

▷「そばがき」から「そば切り」へ

当時、そばといえば、そば粉を練ったものを汁につけて食べる、現代でいう「そばがき」がメインだった。その後、生地を麺の形に細長く切ったものつゆにつけて食べる「そば切り」が普及しはじめた。

次第に、そばといえばそば切りを指すようになり、江戸中期になるとそばにつゆを直接かける「ぶっかけ」が生まれる。

つゆ専用の器を使わなくてよく、より早く食べることができるため、市民の間にもぶっかけが広まっていった。

浮世絵のなかには、当時のそばの屋台の様子を描いたものがある。屋台といってもリヤカーや自動車はないので、必要な設備や食材を上手に収納して、担ぎ棒を使って運ぶ形だったようで、座る場所がないから立ち食いになったのだろう。

江戸中期以降は醤油や出汁といった調味料が発展してきたこともあり、店舗を構えるそば屋のほか、従来の担ぎ屋台もますます増え、外食文化としての立ち食いそばが定着していった。

●東京23区内の立ち食いそば有名チェーン店5選

立ち食いそば発祥の地といえる東京には、バラエティ豊かな立ち食いそば屋がある。

ここでは、東京23区内に店舗を構える代表的なチェーン店のそばの魅力を紹介。各店それぞれの違いを知ると、いつもの一杯もまた違った味わいになるはずだ。

▷名代 富士そば

1日5万食近くを販売する大規模チェーン店。使っているのは生そばで、毎朝、各店に直送される。注文が入ってから麺を茹で、水でしめて提供されるのも特徴。

つゆには、小豆島の醤油から作られた特製のかえしと挽きたての出汁を使う。出汁は各店でとられているのもうまさの秘訣。天ぷらは注文後に揚げられる。各店オリジナルのメニューも存在する。

▷小諸そば

そば粉は、そばの実の中心部のみを挽く「更科粉(御膳粉)」を使っており、透明感のある風味と食感を楽しめる。奥深い香りとコクやうまみを感じるつゆは、厳選した「厚削り本湖節」でとった出汁に、2週間以上寝かせた江戸そば伝統の配合のかえしを合わせている。

独自研究により配合された天ぷら粉も特徴で、揚げたての天ぷらはそばとの相性が抜群。卓上には新鮮な小口切りのネギを置いているのも小諸そばならでは。ネギ好きにはたまらない。

▷名代 箱根そば

小田急線沿線を中心に展開する「スタンドそば店」。カウンター以外にテーブル席もあり、女性客や家族連れの理由も少なくない。

生麺を店で茹で上げるスタイルで、つゆは出汁が利いており優しい味わいが特徴。人気のかき揚げそばをはじめ、メニューの天ぷら類はひとつ一つ手揚げされる。季節ごとのお勧めメニューのほか、店舗によっては洋風の食材を使ったものをはじめ変わり種のそばを提供しているのも魅力だ。

▷ゆで太郎

麺の細さから出汁まで江戸風を守った「江戸切りそば」を提供している。挽きたて・打ちたて・茹でたての「三たて」を厳守しており、指定の製麺所で挽いたそば粉を使い、各店で製麺。注文が入ってから麺を茹でるというこだわりぶり。

つゆは、宗田鰹やサバの節などからとった出汁に、熟成された銚子の醤油や千葉・流山のみりんを合わせている。

▷吉そば

都内に10数軒を展開する立ち食いそば店。そば粉はもちろん、天ぷらに使う野菜も国産と、素材を厳選しているのが特徴。

つゆは、日高昆布でとった出汁に、創業120余年の三重県桑名市の老舗が作った、化学調味料や着色料・甘味料を使っていない本醸造醤油を合わせている。清潔感のある落ち着いた店内で、無添加のそばをゆっくりと味わえるのが魅力。

●まだまだある! 東京の立ち食いそばチェーン店

大規模チェーン店以外にも、東京には個性豊かな立ち食いそば店が点在している。

例えば、東京駅のほか台東区や葛飾区、八王子市に展開する「越後そば」は、「ふのり(海藻)」を練り込んだ風味豊かなオリジナルそばが自慢。

生そばを茹でたてで提供している「笠置そば」は、揚げたての天ぷらが人気で、店舗ごとに異なる味わいや雰囲気にコアなファンが少なくない。

また、東急沿線を中心に展開する「しぶそば」。渋谷駅にあった本店は駅周辺の再開発のため、惜しまれつつ2020年に閉店したが、大井町や蒲田、池袋で茹でたての生麺と季節ごとのかき揚げを味わうことができる。

立ち食いといっても、今やほとんどの店でテーブルと椅子が用意されているため、厳密にいうと全ての店舗で立ち食いができるわけではない。しかし、時間をできるだけ短縮し、時間がない時でもお腹を満たすことができるというスタイルは、今も昔も変わらない。

東京の立ち食いそばの有名チェーン店を食べ歩いて、自分の「推しそば」を見極めるのも面白い。