創業して早65年。「さぼうる」の存在は神田神保町のランドマークのごとく、この街に集う人々に知られ、愛されている。蔦の絡まる外観からして見とれてしまうが、一歩店内に踏み入れると温かみあふれる山小屋のような雰囲気にホッとするのである。

長い時間が創り上げた飴色の空間に浸る

店内に入り小さな階段を上った中二階は、小さな椅子とテーブルがぎゅうぎゅうと配されていて、まるで小人の住まう家のようだ。内装が開店当時のままだというのも驚きだが、どの席に座っても目線が変わり、その小さな間違い探しのような時間が楽しい。今日はどの席に案内されるだろうか、幾度か通えばそんな楽しみも生まれるだろう。

店頭では2本のトーテムポールがお出迎え。

半地下ではカーブのような穴蔵感を味わうことができる。初めての訪問では一見しただけで、この店の全体像を把握することができないだろう。

山小屋のような雰囲気の店内。

店の中には本の街で育まれてきた文化的な薫り、壁に残された書き文字に見られる濃密なエキスのようなものが、ぎゅっと刻み込まれている。街の「文化遺産」とでも呼びたくなるほど、65年の歴史があたり一帯に染み込んでいるのだ。

壁には寄せ書きのごとく書き文字が。著名な人物の一筆もある。
マスターの鈴木文雄さん。後ろのカウンターにはキープボトルがびっしり。

そして何よりもすごいのが、店の主人、開店させた当人の鈴木文雄さんが現役で今も店に立ち、客を案内し、スタッフに気を配り、店全体を見守っていることである。「店に入ってらっしゃる前にどの席に案内するかを見極めなきゃ。どのくらいのお歳か、大きな荷物を持ってらっしゃるか、足は悪くないか」。

生きる看板のごときマスターの存在と、言わずともわかってくれているという安心感が、この店へ客の足を長年引き寄せるのだろう。

いつもというわけではないが、ピーナッツが供されることもある。

また、意外と知らない客も多いのだが「さぼうる」では、酒を飲むことができる。その銘柄も『菊正宗』や『吉四六』、洋酒、シェーカーを振って作るカクテルと多岐にわたり、さらにボトルキープも可能だ。かつて周辺の出版社から徹夜明けの編集者が訪れて、仕事終わりの一杯をここで楽しんでいた頃の名残りだという。

長い歴史を誇る神田神保町の老舗喫茶は、老舗という言葉に胡座をかくことなく、探究心を忘れないマスターとともに今日も変わらずに文化の薫りを漂わせている。

【基本情報】
住所:東京都千代田区神田神保町1-11 
最寄り駅:地下鉄「神保町駅」よりすぐ 
営業時間:9:30~23:00(LO22:30) 
定休:日曜・祝日

文/沼 由美子 写真/佐藤佳穂