8834「パラサイト」評論|超映画批評・ 前田有一が各賞受賞理由を解説

「パラサイト」評論|超映画批評・ 前田有一が各賞受賞理由を解説

男の隠れ家編集部
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“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評”を展開する、映画評論家の前田有一氏によるコラム。今回は第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画初の最高賞パルムドールを受賞した『パラサイト半地下の家族』。さらに2020年(第92回)アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞・長編国際映画賞の4冠を獲得。英語以外の外国語映画が作品賞を受賞は同賞史上初の快挙となった。
目次
「半地下の住民」が偽の身分で雇い主の豪邸に入り浸る様は、韓国社会最強の武器「コネ」に群がる現実を暗喩する。

第72回カンヌ国際映画祭で『パラサイト半地下の家族』が韓国映画初の最高賞パルムドールを受賞した。ポン・ジュノ監督は韓国を代表するヒットメーカーで映画作家。カンヌ映画祭では『母なる証明』(09年)が「ある視点」部門で上映されて以来、10年越しの悲願達成となる。

監督は17年のNetflix配信作『オクジャ/okja』でパルムドールを争った際、「ネット配信は映画か否か」で仏中に大論争を巻き起こした事がある。結局、映画館業界の大反発をうけカンヌ側が規約を改定。コンペ作品は劇場公開が義務付けられ、事実上、Netflix作品は排除されてしまった。あの大騒ぎの罪滅ぼし……というわけではなかろうが、今回は満場一致で選ばれた。監督にすれば雪辱を晴らした格好だが、じつはこの受賞作は、私たち日本人にも大きく関わる問題提起につながっている。

それを解説するためには『パラサイト半地下の家族』の設定と、韓国経済について説明する必要がある。

まずこの映画は、現代の韓国が直面する壮絶な格差社会と、格差間の衝突について描いている。主人公が暮らす「半地下」とはこの経済格差を具現化したメタファーであり、彼らが働く日の当たる「地上」の豪華邸宅と対になっている。両家族の家族構成が同じなのも当然意図的であり、対比しやすい構図となっている。

物語はこの両階層の共存関係が崩れゆくさまを描く事で、絶望的なまでの断絶・分断を知らしめる。これぞ「ザ・韓国社会」というわけだ。この構図を強調すべく、監督は画面に映るほぼ全てをオープンセットで設計した。信じがたいが、この映画に出てくる町並みはすべて作り物だ。だが一家が暮らすような半地下住宅は、韓国にはごく当たり前に実在する。リアリティなき設定ではない。

韓国経済は今、文在寅大統領の失政で悪化しており、支持率も下がる一方だ。そしてその根本的原因は、97年の通貨危機にまでさかのぼる。このときIMFの支援と引き換えに構造改革を強要された韓国は、財閥を守る代わりに中小零細企業を見捨てる選択をした。

その結果、やがて経済が立ち直るも、半導体はサムスン、電機はLGといったように、各業種は少数の大企業の寡占状態となってしまった。中小企業が担うはずの多様性は失われ、経済は脆弱なものとなった。「財閥にあらずんば人にあらず」とまで言われた非財閥系企業との待遇格差は、若者の間に壮絶な受験戦争と就職戦争を生み出し、敗れたものはやむなく安価なチキン店を開業し、やがて過当競争でつぶれ、おちぶれる本作の一家の父親のような道をたどった。貧富の差はさらに広がり、半地下や屋上ハウスに暮らす人々が増えた。そんな現実が映画の背景としてある。

実はこれ、程度の差はあれ日本も同じだ。しかも日本では通貨危機などなかったのに、当時のIMFがやったのと同じ新自由主義革命を構造改革の美名のもとに推し進め、韓国と同じ転落の道をたどってしまった。そんな日本から出たのが昨年のパルムドール『万引き家族』だったのだ。2作品が似通っているのは、決して偶然ではない。

では、カンヌ映画祭はなぜ続けて同じテーマの映画を選んだのか。

家庭教師としてパク氏の娘を魅了したギウは、世間知らずな妻の信頼も勝ち取り、やがて豪邸に「寄生=パラサイト」し始める。

カンヌ映画祭は、その経済効果は仏全体で約2億ユーロと、今や世界一の規模と権威を誇る映画賞だ。仏文化省関係者含む運営スタッフが全世界からえりすぐった作品を、10名程度の著名な映画人が審査する。今年はメキシコの映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが審査委員長だが、毎年顔ぶれは入れ替わる。

それでもパルムドール作品の傾向ははっきりしていて、欧州が直面する社会問題を描いた作品(社会派映画とは限らない)が選ばれる。特に14年の『雪の轍』以降は、判で押したように移民問題など「分断・格差」がテーマの作品ばかりが選ばれ続けている。これはトランプ大統領登場以降のハリウッド映画のトレンドとも合致していて、全世界的な傾向だ。『万引き家族』も『パラサイト 半地下の家族』も、こうした時代の潮流にうまく乗ったわけだ。

だが重要なのは、決して狙ってやったわけでなく、日韓ともに自国の問題点を描いたら自動的にそうなってしまったという点だ。韓国の問題は欧州にも、そして日本にも同じくグローバルに存在する。そしてこれこそが、常に芸術という名の剣で社会問題に立ち向かうカンヌ映画祭と、この衝撃的なパルムドール作品から私たちが得るべき教訓といえるのでないだろうか。


パラサイト 半地下の家族

<STORY>
親子4人、半地下の住宅で暮らす無職のキム一家。ある日、浪人中の長男ギウ(チェ・ウシク)は、一流大生と偽りIT長者パク氏の邸宅で娘ダヘの家庭教師の職に就く。さらに妹ギジョンとの関係を隠したまま、妹を偽教師に仕立ててダヘの弟の家庭教師にねじ込んでしまう。

2020年1月10日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
配給:ビターズ・エンド
製作国:韓国 監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・へジン
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【文/前田有一】
自身が運営するHP「超映画批評」で“読者がお金を損しないための、本音の最新映画批評”を展開。雑誌やテレビ番組でも精力的に活動。著書に『それが映画をダメにする』(玄光社)。

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