83764里山の丸太小屋で出合った珠玉の美味|「蕎麦と山城の旅」APIOジムニーで行く 日本美味探訪Vol.02

里山の丸太小屋で出合った珠玉の美味|「蕎麦と山城の旅」APIOジムニーで行く 日本美味探訪Vol.02

男の隠れ家編集部
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目次

東京のベッドタウンである千葉県は、魅力的な自然が随所に残されている。低いわりに懐が深い山も広がっていてアピオ・ジムニーで旅するのに最高のフィールドなのだ。

走りやすい林道が多い千葉県はジムニー乗りの聖地

■今回の旅の相棒「アピオ・ナローシエラ」

海岸沿いのワインディングからダートまで満足の走り(取材協力:APIO

今回の旅は久々に、千葉県の中部から南部にかけてのエリアを訪ねてみることにした。この辺りには、かつて上総国と安房国と呼ばれた国があった。源氏再興をめざし伊豆で挙兵、石橋山合戦で敗れた源頼朝一行が、再起を期し上陸したのが、南端の安房国である。

この地で上総広常や千葉常胤といった豪族を味方につけ、再び反撃に転じている。戦国時代は相模の北条氏と安房里見氏の間で、熾烈な戦いが繰り広げられた。そして江戸時代から現在までは、大消費地江戸=東京を豊かな自然が支えている。

そんな千葉県には、アピオ・ジムニーの実力を余すところなく味わうことができるフィールドが、随所に広がっている。最初に訪れたのは林道だ。千葉県庁のホームページによると2022年3月末の時点で、県内には329路線、総延長約601㎞もの林道が存在しているという。

千葉県では森林の適切な整備のため、林道網が整備されている。同時に、一般の人にも森林浴などに利用できるよう開放されているのが嬉しい限り。未舗装路でも激しい凹凸などはなく、適切な走行を心がければ安全だ。富津市の林道には、猪捕獲の罠が多数置かれていた。

これらの林道は一般車両の通行にも配慮した規格・構造が採用されている。かなり舗装化が進んでいるものの、ダート走行が楽しめる路線も残されている。今回は富津市にある全長約1200m、通り抜けが可能なフラットダートを走った。

旅の供である「アピオ・ナローシエラ(JB74ナロースタイル)」は、パワフルな走りを見せる1.5ℓエンジン搭載のシエラに、スリム化したオーバーフェンダーをセット。ダートでも、フレキシブルな走行が楽しめる。オリジナルサスペンションで40㎜リフトアップされ、路面の凹凸も気にならない。

千葉県の山間部を抜ける房総スカイラインは、緩やかなワインディングが楽しめる極上のツーリングロード。
後部座席には便利なミニテーブルがセットされていた。

ダート走行を堪能した後は、同じ富津市内にある佐貫城址へ向かう。高い山がない千葉県は、逆に山城を築く条件が揃っている。いくら攻めにくくても、高い山の上に城を築くのは苦労が多いし、普段の生活には不便。だが低い独立峰では、簡単に背後に回られ囲まれてしまう。

その点、低い山が連綿と続く千葉の大地は、背後も山に守られるので簡単には攻められない。しかも海に近い場所にある佐貫城は、江戸湾が遠望できるため、水軍の根拠地としても役立てられる。実際、戦国時代にこの城を支配していた里見義弘は、水軍を率いて鎌倉を攻めている。

江戸時代は5代将軍・徳川綱吉の側用人として重用され、旗本から新規大名となった柳沢吉保が、元禄元年(1688)に廃城となっていた佐貫城を再興、佐貫藩を立藩した。

佐貫城址には広い駐車場があり、よく整備された山道をたどれる。楽な山歩きで東京湾の絶景も味わえた。

太平洋の雄大な光景が味わえるのも千葉の魅力

■里見の対北条最前線 江戸期は佐貫藩庁となる

佐貫城

戦国時代中期に真里谷武田氏が築いた城で、その後里見氏が支配。江戸時代初期に一度は廃藩となり、城も破却された。元禄期に柳沢吉保が新規に立藩したが、吉保が転封すると再び廃城となる。

その後、阿部氏によって再興され、明治維新まで162年間続いた。そのため、石垣や空堀、曲輪の跡などの遺構がよく残されている。登城口の左手には石垣があり、それを越えると三の丸に至る。途中には土塁や土橋なども見られる。

本丸上の展望台からは、東京湾が遠望できた。曇天でもうっすらと大島が見えたので、天気の良い日は三浦半島だけでなく、遠く伊豆半島まで見渡せるであろう。

城郭構造/連郭式平山城 
築城主/武田義広 
築城年/応仁年間(1467~1469) 
廃城年/明治4年(1871) 
遺構/空堀 石垣 土塁 井戸

何度も足を運びたくなる そんな蕎麦との幸せな遭遇

ここは本当に海に囲まれた千葉県なのか、そんな思いを抱いてしまう里山風景に、溶け込むようにその蕎麦店はあった。事前に調べておかなければ、カフェかキャンプ場の管理棟と見間違えてしまうだろう。何しろ店は山道が一瞬開けた場所に建つログハウスで、テラスにはシーカヤックが飾られている。

「以前は千葉市内で古民家の蕎麦店を営んでいましたが、東日本大震災で店が傷んでしまったので、思い切って人里離れた地に移りました」

店を切り盛りするのは、十代の頃から35年以上も蕎麦と向き合ってきた奈良献児さん。そして息子の光輝さんも、一緒に蕎麦を打っている。そんな奈良さん父子が作り出す蕎麦は、誰もが迷うことなく〝美味しい〟と感じる二八蕎麦。バランスが整った北海道音威子府産の蕎麦粉のみを使用。

手繰った瞬間に香りが鼻腔をくすぐり、素直な喉ごしに箸が止まらなくなる。鰹の本節のみでじっくり仕上げた出汁も絶妙だ。何度でも味わいたくなる王道の蕎麦であった。

蕎麦を堪能した後は、房総スカイラインを20分ほど君津市街方面に走った場所にある、小糸川沿いの秋元城跡を訪ねた。この城は戦国時代、里見氏が臣下の秋元義正に築かせたものだ。自然地形を上手く生かし、千畳敷と呼ばれる広大な平地や、見上げるほど高い土塁が配置され見応えある山城だ。ただし山道は荒れ気味なので、しっかりした靴は不可欠。

里見氏の城で天守閣が再建されているのは久留里城と館山城だが、久留里城は地震と大雨の影響で、天守には近づけない。代わりに久留里の町を散策。豊富で清らかな湧水を使い、千葉県内で一番古くから酒を造り続ける吉崎酒造で土産を購入。

旅の締めくくりは、やはり海に囲まれた千葉らしく東京湾に面した洲埼灯台と南端の野島埼灯台へ。海岸走りが楽しいのも、千葉ならではだ。

■優れた素材で正直に作った誰もが笑顔になる一杯

SOBA ABIRU

香り、喉ごし、味わいの、すべてにおいて絶妙なバランスが取れた“普通に美味しい蕎麦”を提供。

時間をかけて仕込んだ出汁は、店主いわく「ツユがのびていく感じ。きちんとうま味が凝縮された」とのこと。「もりそば」は150gで1000円。

店内はジャズの調べに包まれていて、とても落ち着く。肉厚で大きな舞茸(2個1200円)の天ぷらも人気。奈良さんはかつてアピオのショック装着のジムニーのオーナーだったと話してくれた。

千葉県君津市笹1654-1
TEL/070-2304-9119 
営業時間/平日11:30~15:00、土日曜11:30~14:00(蕎麦がなくなり次第終了) 
定休日/木曜 不定休あり

■久留里の名水と厳選した酒米が醸す澄んだ味わい

吉崎酒造

千葉県は明治時代には200軒を超える酒蔵が存在していた。吉崎酒造は寛永元年(1624)創業、千葉で一番古い酒蔵。久留里の名水で仕込まれた、澄み切った銘酒を醸している。

人気は要予約の「ふしぎな竹酒」と代表銘柄の「吉壽純米吟醸」。竹酒はどこにも穴がない。中身は日本酒か焼酎、竹は青竹か焼き竹が選べる。

千葉県君津市久留里市場102
TEL/0439-27-2013 
営業時間/平日8:00~18:00、土曜11:00~18:00 
定休日/日曜・祝日

■天守が建てられた城と灯台は格好の目的地

天守閣は館山城のもの。内部は八犬伝博物館となっている。

東京湾と太平洋の境目に位置する高さ15mの洲埼灯台と、洲埼灯台から見た東京湾。

南端に建つ野島埼灯台。資料館がある。

■戦国時代の山城らしい造り 20世紀遺産にも指定

秋元城

秋元城跡は東西550m、南北400mにわたって遺構が残された山城で、小糸城や青鬼(せいき)城という別名を持つ。

自然地形を削って平らにした曲輪や、曲輪の縁辺に設けられた土手状の土塁、尾根筋を遮断した堀切などの跡が見られる。陶磁器や銭貨なども出土している。

城郭構造/山城 
築城主/秋元義正 
築城年/永正5年(1508) 
廃城年/天正18年(1590) 
遺構/曲輪 堀切 堀 土塁

掲載情報は2023年9月現在のものです。商品、宿泊や入館などの料金、ならびに営業時間、定休日などはHPもしくは各所へ直接お問い合わせください。

【著者プロフィール】
城と蕎麦に魅せられた雑文家
野田伊豆守 IZUNOKAMI NODA

還暦を過ぎても頑張るフリーライター・フリー編集者。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)など多数。

文/野田伊豆守 撮影/金盛正樹 取材協力/アピオ株式会社

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