77466熊野三山「熊野速玉大社」はどこにある? 霊験あらたかな地で人生甦りを実感する旅

熊野三山「熊野速玉大社」はどこにある? 霊験あらたかな地で人生甦りを実感する旅

田村 巴 (たむら とも)
田村巴
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「熊野古道」という言葉は知っていても実際にどこにあるのか知らないという人もいるだろう。そして、それが一体どういうものなのか、なぜ世界遺産に登録されたのか。

その熊野を知る上で欠かせない場所の一つが和歌山県新宮市にある熊野速玉大社だ。今回はその熊野速玉大社を目的に1泊2日で訪れた旅の記録である。

■熊野三山は世界にも珍しいパワースポット

●世界遺産の熊野とは?

熊野古道が「紀伊山地の霊場と参詣道」の一つとして世界遺産に登録されたのは2004年のこと。さらに遡ること約10年、1993年にスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」が世界遺産に登録されている。

実は数多い世界遺産の中でも「道」の登録は、この2つのみ。かたやキリスト教の聖地ローマ・エルサレムと並ぶ三大巡礼地のサンティアゴ・デ・コンポステーラへ向かう信仰の道、そしてもう一つが真言密教の高野山や修験道の吉野・大峰(奈良県)、神道の熊野三山を結ぶ、神仏習合の参詣道である。

熊野古道・中辺路の小口。

このことからも、熊野古道や紀伊山地の霊場と呼ばれる場所が非常に神聖な場所ということがわかる。

熊野三山は熊野本宮大社(田辺市)、熊野速玉大社(新宮市)、熊野那智大社(那智勝浦町)の総称だ。神道なのに「三社」ではなく「三山」表記が定着していることから、熊野信仰が仏教に親しいことが読み取れる。

そんな事前知識を携えて、和歌山県新宮市、そして熊野速玉大社へ訪れる機会を得た。

●熊野三山の参拝

伊勢の内宮・外宮に参拝の順序があるように熊野三山にも参拝の順番があり、かつて京の都から上皇ら貴族が訪れたルートに起因するという。

そのルートとは、熊野古道の紀伊路から中辺路を通り熊野本宮大社を参拝。その後、熊野川を船で下り河口から熊野速玉大社へ。最後に海沿いを歩き熊野那智大社へ訪れたというもの。

熊野本宮大社 → 熊野速玉大社 → 熊野那智大社

その時々によって違いはあっただろうが、身分の高い人々が熊野詣に訪れたルートはやがて参拝順として一般に浸透していった。

しかし、現在は熊野へ訪れる人々の出発地や移動手段、理由も様々だ。この参拝順を必ず守らなければならないというわけではない。また、それによってご利益が薄まるなどということもない。

大切なのは、心穏やかに気持ちを込めて参拝することだろう。

■熊野速玉大社への正式参拝と、神倉神社

●ついに念願の熊野速玉大社へ

熊野速玉大社。

JR新宮駅から車で約5分、熊野速玉大社へ。鳥居をくぐり進んでいくと御神木の梛(なぎ)が見えてくる。国宝を含む宝物を展示する熊野神宝館を横目に歩けば神門へとたどり着く。

神門の先、正面に神々が鎮座する御宮が並ぶ。授与所で御祈祷の受け付けを行い、案内に従い拝殿へ。祝詞奏上の後、梛の玉串を捧げ、無事に正式参拝を終えることができた。

後鳥羽上皇が29回、後白河上皇は33回も訪れていた。
正式参拝を待つ。
権禰宜・佐藤仁迪さんと熊野観心十界曼荼羅。

権禰宜・佐藤仁迪さんに、熊野速玉大社の成り立ちについて話しを伺う。熊野速玉大社の縁起、仏教と習合した「熊野権現信仰」の起源、全国4000〜5000社を数える熊野神社の創建に寄与した熊野比丘尼と「熊野観心十界曼荼羅」の絵解き…。

いかに熊野が特別な場所なのか、その一端を垣間見ることができた。

●熊野の神々が降り立った聖地・神倉山と神倉神社

538段の参道を登る。

次に訪れたのは神倉神社だ。権現山の中腹に鎮座する古社で、熊野三山で祀られる熊野権現が初めて地上に降り立った場所である。

麓から538段の石段を登り社殿を目指すのだが、これがなかなかの厳しい山道。ゴロゴロと形や大きさの異なる石段は一段一段が高く、登るのも一苦労だ。

神倉神社とゴトビキ岩。
社殿からの眺め。

休み休み登り切った先に現れたのは御神体のゴトビキ岩と新宮市を見渡す絶景。熊野信仰の発祥地、つまりは聖地に立つ特別な体験となった。

毎年2月6日に行われる「御燈祭り」では、この険しい参道を松明を手にした男たちが暗闇の中を駆け降りる姿は圧巻の一言。古の時代から続く祭祀も含め、特別な場所だということがわかる。

■熊野の自然と歴史を体いっぱいに感じる

●三県境にかかる秘境「瀞峡」へ

吉野熊野国立公園の中、和歌山県・奈良県・三重県の三県にまたがる大渓谷「瀞峡(どろきょう)」は、巨岩や奇石が並ぶ景観が美しいスポット。

「瀞峡めぐり川舟クルーズ」に乗れば、太古の昔から変わらない大自然の姿を川の上から見学することができる。

自然の凄さや厳しさを感じる絶景が広がる。

神話に出てきそうな荘厳な眺めに圧倒されるスポットだが、雨量の少ない日が続いたため川の水位が足りず今回は川舟クルーズが運行中止に。

クルーズができなかったのは残念だが、奈良県側にある瀞ホテルのそばから大渓谷を見学することができた。

瀞峡めぐり川舟クルーズの船。
瀞峡で三県境を実感。

●世界遺産の道を歩く「熊野古道 大雲取越」へ

さて。熊野古道がどんな場所なのか、ここまで来たなら歩かねばなるまい。前日未明に苔を湿らす雨が降ったため、この日、熊野古道のコンディションは良いとはいえない状況だった。

今回歩く「大雲取越(おおくもとりごえ)」は熊野那智大社から熊野本宮大社へ戻るために利用された道で、その名の通り雲の中を歩くような高い場所。かつて上皇や貴族、熊野詣の人々にとって、この峠は難所だったという。

円座石は苔に覆われているが、3つの梵字が見て取れる。

登り口の「小口」から「円座石(わろうだいし)」まで約1km、標高差は200m程度の道を往復した。大雲取越のほんの序の口の部分だけにも関わらず、濡れて滑る岩や苔に大いに苦戦した。きっと杖がなければ10回は転んでいただろう。

円座石は熊野の神々が座って談笑した場所だといわれ、岩には熊野権現の薬師如来、阿弥陀如来、観音菩薩の梵字が刻まれている。苔に蒸された佇まいは神聖なものだった。

●新宮市へ戻りレンタサイクルで海沿の古道を往く

JR新宮駅の目の前にある新宮市観光案内所でEバイクのレンタサイクルを借り、海沿いをサイクリングすることに。熊野速玉大社から熊野那智大社を結んだ熊野古道は海岸沿いにある。

出発してから約15分、雄大な太平洋を望む王子ヶ浜へ到着した。せっかくなので王子ヶ浜の近くにある熊野古道・高野坂を歩く。山の中の古道とは違い、海沿いの古道も趣がある。

高野坂からの眺め。

1時間半ほどサイクリングを楽しんだ後は、JR紀伊佐野駅から新宮駅までサイクルトレインを利用して戻ることにした。乗車賃だけで自転車も一緒に乗ることができるので、思ったより遠くに行ってしまっても安心だ。

ホームに自転車を持ち込み、電車を待つ。

【立ち寄りスポット】参拝前の腹ごしらえ「イル・ド・フランス」

熊野牛ハンバーグの美味しさに感動。

1983年創業で古典的なフランス料理を基礎とし、日本人の口に合うよう独自に進化したフレンチが楽しめる。シェフの倉本隆之さんは大阪の名店「クリヨン」で修業した経歴を持ち、同じく厨房で腕を振るう息子の幹也さんも大阪で料理修業の後、父とともに店を守っている。

人気のランチメニュー「熊野牛ハンバーグセット」は、ハンバーグの上に世界遺産・神倉神社の雪が積もったゴトビキ岩(御神体)をイメージしたマッシュポテトと、熊野の岩盤模様をしたポテトチップなどが鮮やかにレイアウト。ハンバーグは磐盾と呼ばれる神倉神社を支える岩盤に見立てているという。

エビが香るフォン・ド・ヴォーのソースにより熊野牛の力強い旨味が引き立つ一皿だ。

イル・ド・フランス
新宮市丹鶴3-1-18
HP:Facebook

【立ち寄りスポット】ワーケーションもできる「旧チャップマン邸」

旧チャップマン邸。
ワーケーションできる部屋。

現在の住宅様式の普及に大きく貢献したといわれる文化学院の創始者・西村伊作の設計で建築された旧チャップマン邸は、国重要文化財に指定される貴重な建物。

ワーケーション専用Wi-Fiを完備しており、2階学習室または主寝室の貸館使用時に利用することができる。他の見学客の視線を気にせず、集中して仕事がしたい人には貸館がおすすめだ。料金は1部屋あたり1010〜1520円と格安で借りることができる。(※時間帯によって貸館料が変わります)

旧チャップマン邸
新宮市丹鶴1-3-2
HP:新宮市商工観光課

【立ち寄りスポット】肉に魚に美味いメシと酒「熊野荘」

旅情を誘う佇まい。
どれも新鮮で美味しい料理が供される。

熊野速玉大社の参道からほど近く、純然たる日本建築の旅館「熊野荘」は、地元食材をふんだんに使った料理が人気の漁師直営の宿だ。

郷土料理の「さんま寿司」をはじめ、季節の地魚の刺身(写真右上の皿はヨコワ、サバ、大アジ、ヒラメ、サンマ寿司)、熊野牛や紀州岩清水豚に舌鼓を打つ。

地酒の太平洋(尾﨑酒造)や貴重なジャバラエキスを使ったチューハイなど、地元ならではの味が楽しめる。

熊野荘
和歌山県新宮市元鍛治町2-4-5
HP:新宮市観光協会

■まとめ

郷土料理の「めはり寿司」も食べる価値あり!

東京から新宮市へは新幹線と特急南紀を利用して5時間ちょっと。現代ですら少し遠く感じてしまう距離と時間だが、かつての人々はそれでも「熊野詣」のために全国各地から歩いて訪れていた。

それだけ人々は「救い」や「蘇り」を求めていたのだろう。そして形は変われど現代人の多くも、救いを求めて彷徨っているように思う。「参拝したら幸せになれる」、そんな単純なものではないと理解しつつも、参拝することで自分を見つめ直す良い機会を得られるだろう。

「伊勢へ七度、熊野へ三度」といわれた通り、険しくて大変な道のりを経て行く熊野は、それだけでも価値のある場所だと信じたい。

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田村 巴 (たむら とも)
田村 巴 (たむら とも)

1979年、北海道出身。バイク(チョッパー)専門誌「HARD CORE CHOPPER」、フリーペーパー「MOLE Magazine」、ライフスタイル誌「男の隠れ家」を経て、現在は「男の隠れ家デジタル」編集長。

バイクやクルマでの日本一周・目的を決めない旅が趣味。好きな分野は「飛行機」「クルマ旅」「地方の土着的な風習や歴史」「ミステリー」など。UFOや都市伝説に興味深々。好きなものは「巨大建造物」「道の駅・SA(道の駅きっぷ収集)」「キャンプ」「ガジェット」「カメラ」「ボストンテリア」。

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