我々は地上で生きている。だが、地上にのみ生かされているのではない。最新技術の結晶や、自然の神秘が地下に潜み、我々の生活はその上で成り立っている。
とくに国土の狭い日本では、古くから地下の空間や資源に人々は活路を見出してきた。地下を知ることで、世界の解像度が上がることだろう。さあ、地下迷宮の旅へ。
(※その他の写真は【関連画像】を参照)
※この記事は2025年7月号に掲載されたものです。
■巨大な地下共同溝の人工光で育まれるレタス
鉄製の無機質な階段を下る。下までは約10m、ビル5階から人の足で地階まで下るのと同じカロリー消費量となる。地下では元々「人手での作業」は想定されていないゆえか、人間用のエレベーターは設営されていない。
いささかの運動の末に下り立ったのは、長さ3㎞に及ぶという壮大なトンネル。厚さ1mのコンクリートで構築されたその躯体は千葉の海浜部という立地ながら、東日本大震災の液状化現象をも耐え抜いた。
鉄の階段、コンクリート壁……ひたすら無機質の空間を驚かせるのは、時ならぬ轟音。地上を走る大型車両がマンホールの鉄蓋を轢き、それが下水の鋼管を通じて共鳴するのだという。
ここは千葉県習志野市。JR京葉線新習志野駅から徒歩15分ほど。大通りに連なるヤシの街路樹、道の両側は大型店舗。アメリカ西海岸を思わせる典型的な郊外型ニュータウンを左右に見た末に、可愛らしい茶色の三角屋根が目印の事務所がある。

ドアを開けば前記のごとく階段に誘われ、地下10mの世界へと至る。地上の賑わいをうかがせるのは、鋼管の共鳴のみ。だが通路を進んで厳重に管理された二重扉を開き、明かりを灯せば視界は一変する。
照明の下に照らされるのは瑞々しい葉物野菜である。噛みしめれば「しゃくッ」と快い音で歯に応えそうなレタスの青葉が茂る。
それぞれLEDライトを仕組まれた天板の下で、レタスが育っている。ここは「習志野ファーム ベチカ」。新習志野駅近郊の地下に営まれる「植物工場」である。


平成ヒトケタ時代のバブル華やかなりし頃。千葉県沿岸部、ここ習志野市でも大規模なニュータウン開発計画が持ちあがり事業が進捗した。名付けて「幕張新都心計画」。
いずれ近隣に立ち並ぶであろう高層ビル群につながる電線に上下水道、あるいはガス管をひとまとめにして収めるため、深さ10m、全長3㎞もの「地下共同溝」が先んじて築かれた。
時に平成7年(1995)のこと。だが平成不況で都市計画は頓挫し、巨大な共同溝は未使用のまま放置されていた。
転機が訪れたのは平成28年(2016)。千葉県企業庁による公開入札が執り行われる。そこで落札したのが「伊東電機」だった。

共同溝の借用にこぎつけた同社は翌年秋に「植物工場」の実証実験施設として「習志野ファーム『ベチカ』」を立ち上げる。さて社名は「伊東電機」である。
名称そのままに電機メーカー、コンベヤ駆動用モーター内蔵型ローラーである「モータローラ」市場において世界シェア50%を誇り、製品は国内だけでなく世界中の物流センター・工場コンベヤラインで使われている。
コンベヤと植物工場……確かにコンベヤは工場のラインには必須の設備だが、なぜ野菜栽培なのだろうか。当「ベチカ」を担当する伊東電機の小柳俊之さんは語る。
「工場ではもちろんコンベヤは欠かせません。それは野菜の栽培でも同じなんです。自動運転で、自動的に光を当て、肥料を混ぜた水を与え、そして野菜が成長するごとに徐々にトレイを前進させていく。そのシステムに、わが社のコンベヤ技術を駆使し、すべて自動でコントロールしています」
⚫︎地下10mの植物工場
地下10mの植物工場。一日24時間のうち14時間はLED照明で照らして「昼」、照明が消された残りの10時間は「夜」となる。

■工場で栽培されるからこそ清潔なサラダ野菜
ここで一度、日本の野菜栽培の歴史を紐解いてみたい。日本では室町時代頃より、米や野菜栽培の肥料として人間の排泄物、いわゆる「下肥」が使用されていた。
お江戸など大都市住人の排泄物は近隣の農民によって運び出され、田畑に肥やしとして散布された。結果として都市には汚物が放置されることなく、同時代のヨーロッパの大都市と比べてはるかに清潔な住環境が維持されていた。
だが人間の排泄物を肥やしに用いるゆえ、どうも「生野菜」を口にすることに二の足を踏んでしまう。江戸期までの日本では、「酢の物」「大根おろし」「漬物」を除けば、畑作物の大半は火を通して食べるものだった。
明治期に西洋から生野菜料理「サラダ」が伝来したものの、野菜はそれまで通り下肥で栽培されていた。

事態が一変したのは敗戦後だった。アメリカ進駐軍は「下肥で栽培される日本の野菜」に忌避感を抱き、サラダ用として「有機肥料を一切使わない、化成肥料のみで育てた野菜」の栽培を日本側に依頼する。
ここに東京郊外の調布と滋賀県の大津市に試験場が設けられ、化成肥料のみによる野菜栽培が試みられる。しかも「畑の土」に植えて育てるのではなく、化成肥料を溶かした水で根を潤す「水耕栽培」という画期的なものだ。
下肥を一切使わず栽培した野菜を「清浄野菜」と呼ぶ。日本産清浄野菜は進駐軍のお眼鏡に適い、数年後の朝鮮戦争の折は戦地にまで空輸されたという。
さて、「悪臭のしない、化成肥料を施す」栽培法、「土に植えない栽培法」は、大地を離れた「工場」で野菜を「製造」する発想につながる。だが問題は「光」である。
日光の届かない屋根の下、さらには地下空間において如何に光を持ち込むか……だが電機技術は発達し、LED照明が開発され普及する。「太陽」「大地」から飛躍した栽培技術が整った。
■なぜ「葉物野菜」専門なのか?

元々サラダとして生で食べる場合が多い葉物野菜は、戦後まもない頃から化成肥料のみで育てる伝統があり、水耕栽培法の「植物工場」と相性が良い。
それにレタスなどは直射日光に当てず柔らかい光の下で育てることで、硬すぎず苦みも少ない食感を得られる。
⚫︎入出庫リフター
通路の両側に4段のセルが並ぶ。一番奥に1日一トレイが地上から送り込まれ、一日一段階、24日間かけて成長した末に地上へ送られる。

■セル式モジュールユニットとは
コンベヤシステムメーカーとして培った技術が、地下での野菜の自然な育成を促す。
植物が育つためには、「日光」「栄養素」「水」「適切な温度」。これら4つの要素が必要とされる、それらすべての要素を満たした、いわば「植物栽培のための小宇宙」がセルだ。

葉物野菜の成長のステージごとに最適な量の肥料分を常時かけ流してスポンジを潤わせ、適切な高さからLEDライトで照らす。もちろん冷暖房、湿度の管理も怠らず、酷暑や酷寒とは無縁。
赤外線や紫外線を含まない人工光の効果も相まって、柔らかく清潔な野菜が生み出される。なお「モジュール」とは英語で「機能単位」のこと。

■水耕栽培にベルトコンベヤ 地下を駆使したサラダ野菜
いよいよ、「ベチカ」の野菜栽培システムを見てみよう。最初に我々が案内されたのは、茶色の三角屋根がシンボルの地上事務所。履物を替えマスクをした上で入室すれば、内部は4段に分かれた棚。
4段それぞれに照明設備があり白色光が輝く。照らされているのは白い発泡PP(ポリプロピレン)パネル。規則的に瑞々しい若葉が収まる。
発芽して2週間ほどのリーフレタスだ。鉱物や天然素材でコーティングした種を、ウレタンスポンジ一枚に300粒、2.5㎝の間隔で規則的に開けられた穴に蒔かれる。室温24℃の暗室環境により2日ほどで発芽する。

芽生えたらいよいよ人工光の下へ。室温25℃で14時間点灯、明かりを消して室温20℃で10時間。一日24時間は昼間と夜に分かれる。
昼間が長く、暖かいとはいえ暑いには至らない「初夏」の環境を室内で再現するのだ。その工程を8日間繰り返せば、「双葉」の間から「それぞれの特徴」を持った本式の葉が伸び始める。
レタスならレタスの葉、カラシナならカラシナの葉。それぞれの株が成長し、伸びれば互いの葉が触れあいスポンジが窮屈になるので、「幼年期」は卒業、根の周りをスポンジごと切り取り、5㎝の間隔で移植穴が開けられた「成長期」のパネルに移植する。
化成肥料を配合した流水に潤いつつ昼14時間、夜10時間のスケジュールで10日間。発芽から育成、地上の工房で人工光に照らされつつ、都合20日間を経れば、いよいよ最後の栽培工程へ。
これまでの5㎝間隔のパネルから、14㎝間隔のパネルへ移植。最後の育成過程へと至る。
そして、基本的に地下の野菜工場に生身の人間が立ち入って作業をすることはない。地下では建設基準法の関係から人手の作業ができないからだ。
ここで威力を発揮するのが、伊東電機のベルトコンベヤである。14㎝間隔でレタスが移植されたトレイは地上の事務所からエレベーターで、地下10mのトンネル構内に降ろされ、ベルトコンベヤを通じて地下の栽培専用室へと送られる。
人による作業を介さない、全自動の作業だ。地下に送られた栽培トレイは地上同様、20℃ほどの室温の中で14時間の照明、10時間の消灯、化成肥料を溶かし込まれた流水を浴びて育まれていく。
■室温を一定に保てる地下空間の利点

このトレイが4つ入る最小の組織単位を「セル」と呼ぶ。地上から送り込まれるトレイは現状、一日につき8枚。通路の両側、計4段のユニットにそれぞれ一枚ずつ収まる。
4段のユニットはそれぞれ横に24段階。一日ごとに、横に一段階進んでいく。一日一段階、横に24段階。つまり地下の野菜工場に送られた栽培トレイは24日間かけて横に進んだ後、やはり全自動でリフターに載せられ、地上に戻って出荷されるわけだ。
これもすべて、全自動システムであることは言うまでもない。
「地下での栽培の利点は、何といっても室温を一定に保てることです。これが地上の野菜工場なら、外気が35℃にもなる夏季、あるいはマイナスになる冬季の影響をまともに受けて、栽培に適した室温に保つには膨大なコストがかかります。
でも、地下という環境上、外気の影響を受けないのが強みですね。でもこれは『日本だから』とも言えることで、仮に熱帯気候なら地下であっても外気、猛暑の影響が伝わってしまいますね。もっと地中深くに野菜工場を設けることになるかもしれません」と小柳さんは語る。
■害虫がいないことで無農薬が実現できる
そして地下だからこそ、葉物野菜の大敵である「害虫」とも無縁だ。ちなみに現状、植物工場で栽培されているのはレタスにカラシナ、水菜にコマツナ、あるいはアマランサスにルッコラとすべて葉物野菜。
サラダなど生で食べられることを意図したものが多い。害虫と無縁だから農薬も使われない、文字通りの「無農薬」。意外な利点は「太陽の光を浴びていない」ことだ。
陽光には紫外線や赤外線が含まれる。これらを浴びた植物の葉は硬くなってしまう。だが人工の柔らかい光のみで育ったからこそ、柔らかくサラダにうってつけの食感が備わる。
もちろん、地下栽培にも欠点はある。太陽と無縁の環境だから、照明コストがかかることだ。そのため地上で20日間、地下で24日間、計44日間で出荷できる葉物野菜に特化している面もある。
長さ3㎞のトンネルで、現状で野菜栽培に使用されているのはわずか20mほど。だが清潔無農薬野菜の可能性は無限だ。
■どこで買えるの?
地下で適度な光と室温に育まれ、病害虫にも無縁な「ベチカ」の野菜は地元で大人気。現在のところ大通りを挟んだお向かいのホテルの朝食で使用されるほか、毎週金曜日(祝日の場合は前日)の朝10時から午後2時まで地上の事務所で販売される。
⚫︎常時運転 散水装置
植物の生育には「窒素」「リン」「カリ」の三大栄養素が必要。最適に配合した液をかけ流す。

案内人 小柳俊之さん
新規事業開拓室 PF課。植物工場担当。コンベヤシステムメーカーとしての利点を駆使した野菜栽培に邁進中。

習志野ファーム ベチカ
千葉県習志野市芝園2-3-4
TEL/047-411-4004
営業日/毎週金曜(金曜祝日の場合は前日)
時間/10:00~14:00
アクセス/JR「新習志野駅」より徒歩約15分
文/角田陽一 撮影/池田光徳
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