何日も外出する旅路にはしっかりした装備が必要
江戸時代に入ると参勤交代の影響もあり、五街道が整備され、宿場も発展。太平の世も相まって、伊勢参詣や諸国見聞などに出る人々が数多くいたという。
しかし現代の旅行とは訳が違う。江戸時代に出版された八隅蘆菴(やすみろあん)の『旅行用心集』には旅立ちの際に多くの知人たちが見送りをし、酒を交わす様子などが記され、旅が簡単なものではないことを物語る。家には何日も帰らず、関所では厳しい取り締まりがあるなど、その苦労は計り知れない。
そんな旅事情であるから、旅道具も大いに発達した。貴重品、嗜好(しこう)品などのほか、身なりを整える道具も携帯していたという。また人ひとりが持てる荷物の量には限界がある。そのために折りたたむなど持ち運びやすくなるような工夫がたくさんされている道具も数多くあり、その発想に納得することしきり、とても面白い。
しかし工夫されているからこそ、多くの苦労があった。それでも旅先でしか出会えない風景や経験を求めて旅をする気持ちは、現代の我々と変わらないものだろう。
身に着けるものや身だしなみも「装う」
雨や雪を防ぐ防具のほか、身なりを整えるための道具たち。
多種多様な柄や形が出回った「昔:櫛(くし)/今:櫛」
古代から装飾品などで使われてきた櫛。現代のものと違い、半円形で髪を飾るものとしても使用された。身だしなみを整える道具のひとつとして旅に携帯された。
最もポピュラーなアイテムのひとつ「昔:編笠(あみがさ)/今:帽子」
浮世絵や昔話などでもよく見られる笠。日差しを遮るのに大事なだけでなく、雨や雪も凌ぐ役割を持つ。外出の際に多くの人が持ち歩くのはもちろん、長距離を歩く旅人にとって必須の道具であった。
雪道用や長距離用が作られる「昔:藁ぐつ(雪靴、わらじ)/今:長靴、靴」
雪国では足首より上までを覆うことができる長靴のようなものが使われた。わらじは草履と違って、より長距離が歩きやすくなるように足首で縛り、足の裏にフィットさせる。
髪型を整えるのが当たり前「昔:鬢(びん)付け油/今:整髪料」
鬢とは頭の左右側面の部分の髪のことをいう。この部分を整えるために使用する整髪料を旅人は携帯していた。関所を通る時など、旅先であっても要所ではきちんと身だしなみを整えていたのだ。
持ち運びやすい長方形タイプ「昔:懐中鏡/今:コンパクトミラー」
鏡といえば柄鏡(えかがみ)の印象が強いかもしれないが、長方形の鏡も普及していた。鏡面は錆びるため定期的に磨く必要がある。裏面は様々な装飾が施される工芸品でもある。
飲食物を携帯するのは必須「食べる・飲む」
コンビニなんて無い。食べ物や飲み物を携帯できるようにした。
中身によって入れ物が違うとも「昔:水筒(竹筒、瓢箪)/今:水筒」
持ち運びやすく、手に入りやすい竹筒が使われた。また瓢箪は本来、酒器として使うものだったようだが、軽くて丈夫という携帯しやすさもあり、多くの人々が使用した。
どこか懐かしいデザイン「昔/今:弁当箱」
柳や竹の皮などで編んだものが多く使われた。殺菌効果のある笹(ささ)の葉などにくるんだ握り飯を入れるのがポピュラー。現在の伝統工芸でも見られる変わらぬデザイン。
たくさんの嗜好品が生まれた「休む」
嗜好品は工芸品として様々な絵柄や技巧が施されたものも多い。
江戸時代から多くの愛好家がいた「昔:煙草入れ/今:煙草ケース」
細長い入れ物に煙管(きせる)を、袋状の入れ物に刻み煙草を入れて持ち歩いた。江戸時代には煙草は既に人気の嗜好品であり、煙草を吸うための煙管も様々な装飾がされたものが作られた。
空調のない時代の必需品「昔:扇/今:扇子」
現代でも多くの人が使う扇。冷房も扇風機もない時代において、暑さを凌ぐために欠かせない道具だ。また江戸時代には多くの絵師が活躍したこともあり、扇のデザインは美術品としての側面もある。
やっぱりみんな筆まめでした「昔:矢立(やたて)/今:筆箱」
元来、武将が矢と一緒に立てて、陣中で使っていた硯箱が由来という。小さな墨つぼに、細長い筆を入れる部分が付いており、色々な装飾がされた。旅人は帯に挟んで日記やメモを取る際に使ったという。
何日も移動するための準備「備える」
肌身離さず持つ貴重品。いざという時に役立つ便利グッズなど。
現代と変わらない貴重品「昔:財布(胴巻き)/今:財布」
肌身離さず持つ財布。写真は「胴巻き」という布で包み込むタイプで、その中でさらに小判などを紙で包んで持っていた。財布は懐に隠すようにして持ち、普段の支払いの多くは早道で済ます。
すぐに使う分はこちらに入れる「昔:早道/今:小銭入れ」
江戸時代に携帯したいわゆる「小銭入れ」。移動中に手早く支払いなどができるよう腰に下げておき、小銭や頻繁に使う小さなものなどを入れておいた。革などで丈夫に作られたものも多い。
情報収集は欠かせません「昔:道中記・図絵/今:ガイドブック」
旅が流行した江戸時代、旅日記や名所の図絵もたくさん出版された。旅に出ることのできない人が見るだけでなく、旅先の様々な情報を調べるためのガイドブックとしても大いに役に立った。
何かと役に立つ便利アイテム「昔:麻綱/今:ロープ・ゴム紐」
移動、または宿泊先などで荷物をまとめたりと、何かと役に立つ。紐系の道具はあると便利なのは今も昔も変わらない。
宿泊施設以外で過ごすことも「寝る」
街灯など無い。粗末な宿も多く、夜を越すための道具も必要だった。
大事な寝具のひとつ「昔:携帯枕/今:ネックピロー」
折りたたみ式で、使用する際は小さな台のようになる。宿場の宿は簡素なものも多かった。やはり自分の枕を携帯するだけで、寝る時のストレスがだいぶ違ったのではないだろうか。
暗くなってからの移動の時に「昔:提灯/今:懐中電灯」
ほとんどの場所が夜になると暗い闇に包まれる。移動の際に明かりとなるのが提灯だ。この提灯は蛇腹になっており、かなりコンパクトになるタイプ。多くの人に重宝された道具のひとつ。
電気のない時代の必需品「昔:火打道具/今:ライター」
火を使って明かりにしていた時代に欠かせないのが、火を起こす道具。金属部分と火打石をぶつけて火花を起こし、本体に入れてある火口(ほくち)という木くずなどから作る着火剤に火をつける。
旅の夜を過ごすお供「昔:ろうそく台/今:スタンドライト」
宿泊先などで夜間の作業をする時に使う。こちらも折りたたむことで、かなり小さくなるタイプのものだ。同時に明かりの元となるろうそくなども携帯していた。
【今でも見ることができる、江戸時代における関所と手形】
現存する番所「仙台藩花山村番所跡」
全国に数多くあった関所は既に存在しないが、宮城県栗原市には当時の関所の建物が現存。街道の真ん中にどっしりと構える四脚門とそれに付随する役宅が往時を偲ばせる。
勝手な旅行は認められず「関所で必要となる手形」
旅をしやすくなったとはいえ、往来には旅の詳細が記載された手形が必要であった。この手形には百姓「よし」が同行者6人と善光寺や秩父へ参詣に行く旨が書かれている。
【江戸時代に流行した名著、旅物語の名作たち】
誰もが知る一大紀行文『奥の細道』
俳人・松尾芭蕉(ばしょう)が記した俳諧及び紀行文。江戸を出発し、東北、北陸を回って美濃の大垣まで歩き、俳句と共に現地での出来事や自身の感想をまとめている。平泉や山寺などの俳句は、現代でもよく知られている作品。
江戸を代表する滑稽旅行記『東海道中膝栗毛』
十返舎一九による滑稽本。弥次さん・喜多さんコンビが東海道を旅する喜劇はその後、様々な形で作品化していった。通常の紀行文と違ってフィクションだからこそ面白おかしく読める名著は、旅を楽しむ江戸時代に大流行した。
取材協力◎岩国市観光交流所「本家 松がね」、岡野亮介、栗原市田園観光課、国立国会図書館デジタルコレクション、島田市博物館、飯南町教育委員会