歴史を感じる扉の向こうで重厚な雰囲気に包まれる

飲食店が軒を連ねる湯島の繁華街から少し路地に入った場所に、独特の雰囲気を醸し出す一軒のバーがある。店の扉を目にしただけで、ここはオーセンティックとかクラシックといった言葉で、簡単に縛りつけてはいけないと思わせる歴史の重みを感じる。「琥珀」とは、そんなバーなのである。

重厚な木の扉を開けて足を踏み入れた店内は、一般的なバーよりも薄暗く感じられる。随所にダークな色合いの木材が使われているためか、何やらヨーロッパの古いワインカーブに迷い込んだような気分になってしまう。

そしてカウンターの中には、キリッと背筋を伸ばしたバーテンダーの木村文比古氏が立っている。

「もともとは私の母が昭和30年(1955)に始めた店でした。女手ひとつで私を育てるために喫茶店を始め、それからバーを開店したのです」。

店が現在の場所に移転したのが開店から9年後。学問の神様として知られる湯島天神のお膝元、そして東大や芸大がほど近いという場所柄からか、知的な雰囲気も感じられる。何しろここは、三島由紀夫がよく通ったバーとして知られているのだ。

当時、木村氏はまだ学生だったが、三島がボディービルの帰りに仲間たちと立ち寄り、よくジントニックを飲んでいたのを覚えている。三島に限らず当時の文壇を賑わせた多くの作家が顔を出したが、皆、創業者である明治生まれのママが目当てだったという。

「私は一代限りと思っていました。だから大学卒業後、勤め人になったのです。ところが開店から18年が経った頃、母の〝店を続けてほしい〟という希望に応える形でバーテンダーの道を進むことになりました」。

そこで木村氏は〝ミスター・マティーニ〟という異名を持つ伝説のバーテンダー、故・今井清氏がいたパレスホテル東京の「ロイヤル・バー」に入る。ここで修業を積み、やがて琥珀へと戻り、今やベテランのバーテンダーとなった。

店の歴史が刻まれていくのと同時に、同じく時を重ねたモルトのボトルたちも素晴らしい。貴重なデッドストックに出会えるかもしれないバーである。

文/野田 伊豆守