極上とろとろ温泉と離れ空間を愉しむ

 田園風景に川のせせらぎが溶け込む、開湯およそ130年の植木温泉。かつては湯治場として栄え、今も熊本市の奥座敷と呼ばれて親しまれている。

賑やかな温泉街などはなく、小・中規模の温泉宿が川沿いを中心に点在。全国的には知る人ぞ知るという知名度だが、泉質の良さは九州屈指を誇り、㏗8・0前後のアルカリ性温泉は驚くほどとろりとした肌触り。化粧水のような滑らかさは、美肌の湯とも喩えられている。

実は、夫が私のために植木温泉を選んでくれた理由もまずはそこにあった。そして、宿はゆっくりとふたりだけで過ごせるお籠もり感のあるところを予約。その宿の名は「今宵の湯宿 」。わずか8室だけの小さな温泉宿だが、客室全てがヴィラ風の離れになっていて、全ての部屋に源泉かけ流しの露天風呂と内風呂が備えられている。さらに料理の評判も良く、付かず離れずのおもてなしと共にこの料理を楽しみに再訪するリピーターが少なくないという。

「宿のコンセプトは、現代版“スタイリッシュ湯治”です。部屋で温泉三昧と共にゆっくりとくつろいでいただき、夜は創意工夫を凝らしたちょっと意外性のある料理をお楽しみください」。チェックインの際にそう話し笑顔で出迎えてくれたオーナーの菊川遼さん。

緑い小径に沿って設えられたモダンな建物。通されたヴィラには「新月」の名が付いているが、ほかにも十六夜、望月、三日月、待宵……など月にちなんだ情緒あふれる名前が各棟に記されている。

空を見上げ、「今夜はどの月が現れるかしら……」と呟くと、案内してくれたスタッフが「今宵は“いざよい”のようですよ」と教えてくれた。満月より少し欠けた月光が夜を照らしてくれるようだ。

各客室の造りはソファのある広々としたリビングをメインに、寝心地の良いシングルベッドが2つ(ダブルベッドを部屋の両側に設置したタイプもある)。そして窓の外には、24時間湯が滔々とあふれる露天風呂が配され、そのどれもが大人2〜3人が一度に入れるほどの贅沢な造りになっている。檜と御影石を使った浴槽や、岩風呂やタイル張りの円形風呂など形が異っているのも特徴的だ。

誰にも気兼ねすることなく落ち着ける離れならではのひと時。食事時以外は部屋でただただのんびり過ごすと決め、まずは宿自慢の温泉を楽しむことにする。

新月の部屋の湯船は檜をあしらった長方形の湯船。まずはシャワーブースで汗を流し、ほんのり濁った湯にそろりと身を浸す。瞬間、「おっ」と思わず声が漏れるほどのとろりと柔らかな手触り。湯が体にまとわりつくような不思議な感覚は、噂どおりの心地良さだ。オーナーが「保湿ローションをまとっているよう」と話していたが、まさに言い得て妙。

敷地内から湧出する自家源泉はそのまま湯船にかけ流し。温度は40〜42℃とややぬるめだが、長く湯に浸ることでより効果が望めるという。植木温泉が湯治場として賑わった頃は、皮膚病や怪我の治療などで訪れた人も。今は美肌効果を求める女性たちの人気を集めている。

「アルカリ性の湯は石鹸と同じ作用があります。皮膚表面の古い角質も落としてくれるので、石鹸は使わなくてもいいくらいです」

そんな女性に嬉しい温泉を選んでくれた夫に感謝しつつ、湯船を何度も出たり入ったり。肌のつるつる感を楽しんでいるうちに、外はすっかり夜の装いに。夕食の時間も間もなくだ。

食事は朝夕ともにロビー棟にある個室スタイルの食事処でいただく。スタッフの笑顔に迎えられてテーブル席に落ち着き、最初に供された季節感あふれる前菜と共にまずはビールで乾杯する。

さらにタイの出汁が効いた吸い物に続き、熊本名物の馬刺しがドライアイスの煙とともに登場。地産地消にこだわった料理は味もさることながら、器づかいや演出などもアート作品のようだ。

特にメインの熊本県産あか牛の水晶焼は、オーナーが意外性のある料理と言っていたとおりの逸品そのもの。熱した透明な水晶板の上で極上の牛肉をジュジュっと焼くのだが、見た目のインパクトと同時に肉の旨味に驚かされた。水晶には肉を柔らかく美味しくする効果があるのだという。まさに五感で味わう幸せを享受。

「外はもう十六夜の月が出ているかもしれないな」と、夫。ふたりだけの口福の時間は、地酒の杯を重ねるほどに深まるばかりである。