三方ケ原の戦い(みかたがはらのたたかい)
開戦年:元亀3年(1573)
武田信玄VS徳川家康
戦国最強と謳(うた)われた武田信玄率いる大軍に、若き日の徳川家康が果敢に戦いを挑んだのがこの戦いだ。結果は徳川軍の完敗で、家康はほうほうの体(てい)で浜松城に逃げ帰っている。
その決戦の中心地ははっきりしないが、現在の浜松市北区三方原町周辺とされ、隣の根洗町にある三方原墓園駐車場には石碑が建立されている。
この戦いの足跡をたどるならば、主戦場とされる場所よりも浜松城周辺の方が俄然(がぜん)面白い。とくに城の約1km北方にある犀ヶ崖(さいががけ)は迫力満点だ。家康を追ってこの付近で野営していた武田軍を、夜間に徳川軍が急襲。多くの将兵が崖から転落したという場所で、現在でも長さ116m、幅29〜34m、深さ13mという、足がすくむ谷が見られる。
崖の周囲は市街地とは思えないほど緑が豊かで、浜松城と併せて散策してみたい場所だ。