岩礁に飛び散る白波を眺め
那珂湊港で海鮮丼を味わう
霞ヶ浦の堤防道路に車を乗り入れ、霞ケ浦を眺めた。ここは日本で二番目に広い湖である。冬の霞ケ浦は茫洋として静けさに包まれており、水辺では小さな水鳥だけが遊んでいた。その霞ケ浦湖畔に佇んでいるのが「別邸 翠風荘 慶山」。
今宵の宿だ。樹木に囲まれて3階建ての大きな建物がある。門の入口には「翠風荘」の文字が刻まれた大きなサイコロ形の黒い石。塀にも巨岩が埋め込まれている。玄関までのアプローチは城郭の石垣のような石尽くしで、豪華さに驚かされた。
玄関でにこやかに出迎えてくれたのは女将の中村久仁子さん。
「別邸の名の通り、個人の別荘だった建物を改装して、2016年にオープンいたしました。おひとり様でも別荘に泊まりに来た感覚でのんびりとくつろいでいただけたら」
別荘という表現ではこの建物の豪奢さを伝え切れないだろう。敷地面積が約1500坪。巨大な美術館のようなモダンな建物を、さらに広大な庭園が取り囲んでいる。
ロビーに入ると天井が高く、ゆったりとした空間だった。細部にわたって贅を尽くした造り。その豪華さに圧倒される。片側が全面ガラス張りで、外の庭園がよく見える。手前に池があり、築山から滝が流れ落ちている。ガラス越しに見える主庭の風景は、一幅の絵のように美しい。
「ロビーと池が一体になって見えるように、池を高くしてあります」と女将が解説してくれた。
なるほど。ロビーからガラス越しに外の池、庭園へと連続して空間が続いているように見える。ロビーに立つ人間もその風景の中に取り込まれていくような、壮大な庭園である。
この庭園は著名な作庭家、枡野俊明さんの作品「無心庭」だ。曹洞宗の僧侶でもある枡野さんの創る庭は「禅の庭」である。洋風の設えのロビーから眺めても異和感がなく、調和を奏でている。まさに名庭である。
チェックインして部屋に入った。客室は4タイプ全6室。今回は2階にある人気のメゾネットの部屋を選んだ。2階のベッドルームからも霞ケ浦が見える。
階段を下りた1階には畳の座敷と部屋付きの半露天風呂。庭園の池に張り出した造りのため、部屋が池の中に浮かんでいるようで、水音が近い。ひとつの部屋で階ごとに二通りの景観が愉しめるのだ。
畳に座り、ひとりゆっくりとコーヒーを飲んだ。段差のある池から白糸の滝のように水が流れ落ちている。水音が聞こえるだけで、人の気配がまったくしない。プライベートを大切にする宿であることがわかる。
「ゆったりとくつろいでいただくことが、おもてなしと考えております。お客様がお部屋にお入りになったら、私共はできる限りノータッチで、余計なおかまいはしません。慌ただしい日常生活を忘れて、静かな時間を過ごしていただきたいのです」
静かに時が過ぎていくのがわかる。自由気ままな時を過ごせるひとりの時間も良いものだ。ひとしきり休んだら、温泉に行くことにしよう。
2階の「天然温泉展望大浴場」は、ヒノキ造りの八角形の浴槽で、窓の外には霞ケ浦が見える。体を沈めて湯を腕や肩にかける。すると、さらりと柔らかい肌触りでありながら、しっとりと湯が肌にまとわりつく感じがする。
湯と戯れているうちに、すぐに肌がすべすべとしてきた。脱衣所にある成分表を確認しに行くと、なんと㏗値が9・1だった。弱アルカリ性温泉は㏗値7・5~、アルカリ性8・5~、強アルカリは10以上。この湯はアルカリ性の温泉だったのだ。しかも、メタケイ酸53・4mg(1㎏中)が含まれている。メタケイ酸は天然の保湿成分だ。
美肌の湯といわれる温泉の条件が二つ揃っている。冷泉で加熱してあるが、ほぼ掛け流し。自家源泉で、ここだけでしか入れない美肌の湯。霞ケ浦の湖畔にこれほどの温泉があろうとは。その意外性に驚いた。
アルカリ性の温泉は湯冷めしにくいといわれている。浴衣に着替えても体はぽかぽかと温かかった。メゾネットの部屋に戻り、ベッドに寝転んだまま、しばし微睡む。ベッドルームは広くゆったりとした造り。天井も高く、ワンランク上の部屋に泊まった気分にさせてくれる。
夕食はお食事処で。東西二つの豪華な庭園に囲まれた座敷にテーブル席だ。供されるのは海と川の魚料理を使った創作懐石料理。この日は蛤、マグロ、金目鯛、サーモン、サバ、甘ダイ、ブリ、フグ。川魚がコイ、ワカサギ、ナマズと、魚好きにはたまらないラインナップだ。
なかでも、石橋料理長が、「とくにマグロにはこだわり、上質の素材を仕入れています」と言う通り、お造りのマグロは極上の逸品だった。最後は常陸牛のせいろ蒸し。冬は茨城名物のアンコウ鍋を出すこともある。
「野菜を少なく、アンコウの七つ道具をすべて入れて、アンコウを堪能できる鍋料理です」と石橋料理長。
ひとりきりの夜が静かに更けていく。ベッドルームにいると、庭の水音も聞こえず、霞ケ浦は眠ったように沈黙している。都心から1時間半の近さで、この静かな環境。建物と部屋、庭園、温泉、料理、おもてなし。
色々な要素全てでクオリティが高い。一度訪れるとリピーターになる客が多いというのも頷ける。ひとりで来てもゆっくりとくつろぐことができたのも、宿のおもてなしのレベルが高いからだろう。
翌朝は早くに目が覚めた。1階の「天然温泉岩風呂」に入りに行く。半露天風呂で外気は冷たいが、温泉の温かさが体に染み入る。朝食を食べて、ベッドでまた二度寝してから、チェックアウトをした。
車を走らせて霞ケ浦湖畔で考えた。今日はどこに行こうか。自由気ままなひとり旅はまだまだ続く。