箱館戦争(はこだてせんそう)
開戦年:明治元年(1868)
明治新政府軍VS旧幕府軍

新選組、なかでも土方歳三のファンならば一度は訪れたいのが函館であろう。武士の誇りを抱き、北の大地に散った土方の浪漫がちりばめられた街だからだ。

五稜郭は徳川幕府の命を受けた蘭学者の武田斐三郎が設計。元治元年(1864)に完成した、日本初の西洋式城郭だ。稜堡と呼ばれる5つの角がある星形で、防衛する側から見ると死角が少ない利点がある。箱館戦争では旧幕府脱走軍が占拠し、蝦夷地仮政権の政庁となった。しかし7カ月の戦争後、新政府軍に明け渡している。

その足跡をたどるには、まず上陸地である鷲ノ木(わしのき)を訪ねたい。そこは函館本線の森駅から海岸沿いに、苫小牧(とまこまい)方面へ2kmほど向かった場所にある鄙(ひな)びた漁村だ。そこからは海に浮かんだように見える駒ヶ岳の姿が実に美しい。

榎本武揚に率いられた旧幕府脱走軍が最初に上陸した鷲ノ木の浜。彼方には駒ヶ岳の姿が見える。

函館の名所といえば、国内初の西洋式城郭である五稜郭が知られている。その北方約3kmの緩斜面台地には、土方が属した旧幕府脱走軍が築いた四稜郭がある。

五稜郭防衛のために急造された四稜郭。

規模は小さく派手さはないが、敷地内からは函館の市内が一望できる。そこで函館の独特な地形を頭に入れてから、土方歳三最期の地をはじめとする箱館戦争の激戦地跡を訪ね歩くとより面白くなる。

土方歳三の勇戦により新政府軍の進撃を長く防いだ二股口。
新選組最期の地、弁天岬台場跡。
土方最期の地とされる一本木関門跡近くの若松緑地公園。
中島三郎助父子最期の地。