関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい)
開戦年:慶長5年(1600)
徳川家康VS石田三成

戦いが始まった場所から約3km東にある、桃配山と呼ばれる小山が最初に徳川家康が布陣した場所。戦いが始まると、家康は本陣を主戦場近くまで前進させている。

東西両軍合わせ約20万もの将兵が集結した関ケ原。その舞台となった岐阜県関ケ原町にある古戦場跡地は、ほんの数km四方の範囲に収まってしまう。訪ねてみると、思いのほか狭いことに驚くだろう。

三成の本陣近くにある決戦地。この地の戦いで勝敗が決した。

しかし古戦場内に点在する武将たちの陣地跡や激戦地などを巡ると、重要な陣地などは山の上に置かれているため、1日で全てを見るのは難しい。そこでお勧めしたいのが、小早川秀秋の陣が置かれた松尾山である。

小早川秀秋が陣を敷いた松尾山から関ヶ原の戦場を俯瞰する。右手が東軍、左手が西軍の陣地だ。双眼鏡などがあれば、各武将の陣や重要な戦いがあった場所に立てられた幟旗を発見することができる。この位置から見えない主だった陣は、徳川家康が最初に布陣した桃配山。秀秋が寝返らなければ、東軍の方が不利であった。

標高は293mで登山口から山頂までは約40分。道もはっきりしているので、山の初心者でも問題なく登れる。小早川隊の陣跡がある山頂からは、眼下に東西両軍の陣跡から関ケ原の街並みまで、一望のもとに見渡せる。

松尾山への登山道はよく整備されていて、迷う場所や難所もないので誰でも登れる。

そこまで歩く自信がない場合は石田三成の陣があった笹尾山ならば、麓から5分ほど階段を登れば到達できる。

笹尾山からも戦場を俯瞰できる。
石田三成の本陣が置かれた笹尾山。多くの幟旗や柵に囲まれ、遠目にもよくわかる。
戦死者を供養する東首塚。