幕末の英雄・坂本龍馬。文久2年(1862)、龍馬は同志・澤村惣之丞(そうのじょう)と共に土佐藩を脱藩。以後、薩長同盟や大政奉還に向け奔走を続けた。脱藩の道とは、高知城下から梼原(ゆすはら)、伊予長浜を経て長州の下関へと続く総距離170kmもの険しい「維新の道」。

梼原に造られた「維新の門」。龍馬と吉村虎太郎、那須親子ら地域ゆかり八志士の群像で、平成7年に造られたもの。

伊予の宿間から伊予長浜、そこから下関までは船をつなぎ、龍馬は1週間ほどでこのルートを踏破した。

梼原町内に残る六志士の墓。吉村虎太郎、那須信吾、那須俊平、中平龍之介、掛橋和泉、前田繁馬のもの。

その一部を歩くなら、梼原から予土県境の韮ヶ峠(にらがとうげ)まで続くコースがお勧めだ。梼原は藩の番所が置かれていた藩境の地で、龍馬を案内した那須親子の邸宅跡や脱藩志士の墓も残る。

脱藩の道沿いに佇む梼原の古社・三嶋神社。

三嶋神社脇から山中へと延びる道は、時間が止まったかのような静けさ。

韮ケ峠へと続く、静かで苔むした道はまたひときわ風情がある。
土佐から続く脱藩の道。写真は韮ヶ峠の手前、かつて番所があった土佐青ジャレ。
予土藩境だった韮ケ峠。

また沿道では沈下橋が架かる四万川川(しまがかわ)の風景や「茶堂」と呼ばれる茅葺きの建物にも出合える。風情ある茶堂で一休みしながら散策を楽しみたい。

梼原町内に点在する茶堂。旅人を茶でもてなしたり、里人が交流する場所で、ハイカーや地元の人々が憩い、親しまれている。