日帰りで行ける便利さで今や人気のローカル線

ローカル線に乗るために鉄道を乗り継いでようやく始発駅へ。と言いたいところだが、小湊鐡道は東京の通勤圏内。東京駅から総武線快速に乗って約1時間、あっさり始発の五井駅に着いてしまった。平日朝の内房線ホームには千葉、東京方面へ向かう通勤客の姿が多かった。

スーツ姿の群れから離れて、ひとり逆方向に。小湊鐡道の乗り換え口は、入口に簡易改札機があるだけだ。タッチパネルにスイカをタッチして小湊鐡道の構内に入った。すると、いきなり周囲の雰囲気が一変した。

地元客よりも観光客の方が圧倒的に多い。弁当を買い求める中年女性のグループ、窓口で一日フリー乗車券を買うカップルやシニア男女のグループ。カメラを持ったアマチュアカメラマン。硬い表情ばかりの内房線ホームとは対照的に、小湊鐡道の乗客たちは旅を始める前から、どの顔も笑顔でいっぱいだ。平日というのに、この人出。これだけで小湊鐡道の人気ぶりがよくわかる。

房総半島の里山を行く小湊鐡道。

ホームで待っていたのは二両編成の古びた車両だ。1960年代、70年代に製造されたキハ200系気動車。外観はファイアーオレンジとモーンアイボリーのツートンカラー。車内はロングシートが少し残念だが、窓は開閉が可能な手動式、古い吊り革、パイプ式の荷物棚、天井にはレトロな扇風機。昔の鉄道はまさにこんな感じだった。乗客は一瞬にして昭和の古き良き時代にタイムスリップしたような不思議な気分にさせられる。

車両は扇風機やつり革など、懐かしい雰囲気にあふれている。

レトロな駅舎、スタフ交換鉄道ファンの心を鷲づかみ

やがて、発車のベルが鳴る。気動車は左にカーブしてゆっくりと房総半島の内陸に入っていく。上総村上(かずさむらかみ)、海士有木(あまありき)、上総三又、上総山田と、レトロな駅舎の無人駅が続く。東京からこんなに近いところに、非電化で気動車が走るローカル線と、風情のある駅舎が残っている。小湊鐡道が人気を集める理由だろう。

ノスタルジーあふれるキハ200系気動車が、房総半島の内陸部を走る。車窓から沿線に広がる田園地帯や里山を眺めて、のどかな風景に癒される。
創業当時のままの駅舎が多く、木製の改札口も珍しくない。故郷に帰ったような懐かしい雰囲気を味わいに観光客が訪れる。

大正14年(1925)に開業。当初はその名の通り、五井から外房の安房小湊まで、日蓮ゆかりの誕生寺へ参詣客を運ぶために計画された。昭和3年までに五井~上総中野間が開通。ところが、資金難と難工事で建設がストップ。その間に国鉄木原線(現・いすみ鉄道)が外房・大原から上総中野までを開業させた。五井から外房の小湊まで、房総半島を横断して線路をつなぐという小湊鐡道の壮大な夢は儚く消えてしまった。レトロな駅舎や田園風景にも、歴史に取り残されたような、そこはかとない悲哀があり旅情を誘われる。

開業当時、SLの前で鉄道マンたちが記念撮影。(提供/小湊鐵道)
SLは昭和30年代まで現役だった。(提供/小湊鐵道)
SLから気動車へ今も地元民の足だ。(提供/小湊鐵道)

約30分で上総牛久駅に着く。沿線で最も大きな駅で、地元客のほとんどはこの駅で下りて、その後の車両にはほぼ観光客だけが残された。

上総牛久の町は古い商店街が残る、沿線随一の街。
上総牛久駅は沿線で最も利用者の多い駅。小湊鐡道では、開業した大正14年当時の駅舎が登録有形文化財に指定されている。この駅舎もそのひとつである。
総牛久駅の駅舎一部を利用したコーヒースタンド「#牛久にカフェを作りたいんだ」。今年3月にオープンしたばかり。
牛久の街を元気にして、定住者を増やそうと有志が始めた。ハンドドリップ式コーヒー400円。
笠森観音堂は日本で唯一、四方懸造という建築様式で建造された。豪壮な造りに圧倒される。

上総鶴舞、高滝と続いて、里見駅に到着。すかさず、アマチュアカメラマンたちがホームへと降りた。

「貴重なショットを撮影するために、この駅に来たんだ」

待ち構えるカメラマンの前を、制服姿の駅員さんが丸い輪のようなものを持って運転席の方に向かう。一斉にシャッターが切られた。そう、鉄道ファンならおなじみ、スタフ交換だ。

駅員さんの持つスタフやスタフ交換の様子はぜひ見学したい。

鉄道は衝突を防ぐために、一定の区間(閉塞区間)で、通票を持った列車だけを走らせる、閉塞式というシステムにより運行している。現在はほとんどの鉄道が自動閉塞式を採用。小湊鐡道でも五井から上総牛久までは自動閉塞式だ。だが、それ以降の区間は今も非自動閉塞式である。

上総牛久~里見間は通券、里見~上総中野間がスタフの、2種類の通票を使って安全を守っている。非自動閉塞式は全国でも数少なく、首都圏に近い鉄道で目撃できるのは稀有のこと。小湊鐡道に鉄道マニアが集結する理由のひとつでもある。

チバニアン、養老渓谷 ・・・観光スポットも数多点在

里見駅を過ぎると、飯給(いたぶ)、月崎(つきざき)と少しずつ房総の自然が間近に迫って来る。小湊鐡道では、土日を中心にトロッコ電車を運行中だ。SLを模した先頭車両に展望車を連結した観光列車。房総の風を感じながらの鉄道旅は新緑や紅葉の季節だけでなく、一年中大人気だ。

小湊鐡道でもほかのローカル線と同様に経営が苦しい時代が続いた。観光客の積極的な誘致に成功して、今や平日でも観光客でにぎわう人気の鉄道になっている。

さらに最近になって新たな観光スポットが誕生した。「チバニアン」地球磁場逆転期地層だ。最寄り駅は月崎駅。養老川沿いの崖に残る、約77万年前の地層だ。現在と同じ正磁極期と逆磁極期が連続している地層は、地球上でもイタリアとここだけ。地質学上の時代に「チバニアン(千葉時代)」と命名された。鉄道乗車の途中にぜひ訪れてみたいものだ。

チバニアンの地球磁場逆転期地層。

養老渓谷駅が近づいてくると、乗客たちがそわそわしはじめる。小湊鐡道の観光客は、養老渓谷が目的の人と、終点からいすみ鉄道に乗り換える人にほぼ二分される。

「私たちは養老渓谷に行きます」と言うのは女子大生3人組だ。

「養老渓谷を見てから、日帰り温泉に入って……。のんびりするのが今日の目的です」と楽しそうに笑う。

養老渓谷・粟又の滝。

沿線随一の観光スポット、養老渓谷の人気は高い。養老渓谷の中心、粟又の滝までは養老渓谷駅からバスですぐ。駅からウォーキングでも行ける。その後は、養老川沿いに並ぶ温泉街で、鮎など川魚料理や日帰り温泉を楽しむ。養老温泉は黒っぽい色の「黒湯」が特徴で、とろりとして肌によいと女性にも人気だ。

「南総里見八犬伝」のモデル・里見種姫の墓(宝林寺)。

養老渓谷駅を過ぎると、山中に入り終点の上総中野駅へ。ホームに着くと乗客の多くは、構内踏切を渡って、反対側のホームに急ぐ。しばらくして一両の気動車が入線してきた。いすみ鉄道の大原駅行きだ。

養老渓谷駅や終点・上総中野駅に近付くにつれて、山が深く、房総の自然美が間近に迫る。

房総半島横断の鉄道旅の人たちがいなくなると、駅は閑散としている。ひとり待合室のベンチで、お弁当を食べるおばあちゃんがいた。

「いすみ鉄道に乗り換えて、昔住んでいた町まで行くつもりだったけれど、疲れちゃったのでこのまま引き返すことにしたの。ずっと体調が悪く家にいたので、鉄道に乗ってここまで来られただけで夢のようです」

上総中野駅で見かけた、81歳のおばあちゃん。昔の鉄道の話をしてくれた。

色々な乗客たちの夢を乗せて走る小湊鐡道。総延長40kmにも満たない小さなローカル線だが、人気の観光スポットあり、マニア垂涎の撮影ポイントありと鉄道の魅力がたっぷりと詰まったローカル線だった。

上総中野駅で折り返し。進行方向が逆転するため、閉じていた後部標識を、車掌さんが開けている。
KTKは小湊鉄道株式会社の略。
左の薄茶色が「通券」、右の濃茶色が「通票=スタフ」。駅舎で通券とスタフが並んで待機。

(撮影◎金盛正樹 文◎阿部文枝)

沿線沿いに伝わる郷土の味

手造り味噌と伝統食品・豆造を販売「赤石味噌糀店」

創業は明治3年。市原市周辺に伝わる伝統食品「豆造(とうぞ)」は、味噌を作る時に出る大豆の煮汁に、切り干し大根や納豆を加えた発酵食品だ。ご飯のお供に、酒のアテに、病みつきになる旨さ。300円~。

赤石味噌糀店(あかいしみそこうじてん)
千葉県市原市南岩崎324 
電話/0436-95-3075 
営業時間/8時〜19時
定休日/1月1日・2日 
アクセス/「馬立駅」より徒歩約30分

地鮎などが愉しめる渓谷の割烹「大新」

鮎、ワカサギ、鯉など川魚が美味しい割烹料理店。二代目の彦坂昭宏さんが釣り好きで、夏は地元養老川や関東の川で釣った地鮎が食べられる。鮎塩焼き定食1,000円(地鮎+200円)。筍ご飯700円(全て税別)。

大新(だいしん)
千葉県市原市戸面318-1 
電話/0436-96-0862
営業時間/11時~15時 
定休日/不定休
アクセス/「養老渓谷駅」より徒歩約20分

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