都会の賑わいから段々と田園風景が広がり……

上野東京ラインが常磐線に乗り入れ、最近は水戸方面にも気軽に出られるようになって喜ばしいことだ。湊(みなと)線の起点である勝田駅のあたりも、ますます整備が進み、洗練された地方都市の表情を見せている。

とはいえ、勝田を出てから2駅目、陸上自衛隊勝田駐屯地が隣接する金上(かねあげ)駅を過ぎる頃から、その表情も変わる。民家がまばらになり、窓外に一面の田園風景が広がってきた。関東平野である。水田の稲が、この時季だけの情景をつくり、一斉に旅愁をかきたててくれた。

田園風景のなかを走るミキ300-103型。かつて兵庫県の三木鉄道で使われた車両。

ふと左手をみると那珂(なか)川の支流、中丸(なかまる)川と並行して走っていることがわかる。その川が右手に折れ、列車が鉄橋を渡ってすぐに停車した。2014年に開業したばかりの「高田の鉄橋」駅である。

この鉄橋の正式な名称は「中丸川橋梁」というが、地元ではその名前で呼ばず「高田の鉄橋」と呼ばれる。駅員に聞けば「高田というのは駅周辺の昔の字(あざ)名です。長く親しまれた名前を駅名に採用しました」とのことだ。使われなくなっても、慣れ親しんだ地元民にとってはそのほうがいいに違いない。この路線が、いかに地元の人々と密接な関係であるか、駅名からもよくわかる。

かつて茨城交通が運営し、廃止すら計画されていた湊線は2008年にひたちなか海浜鉄道が引き継いだ路線だ。廃止されては困るという住民や利用客の思いが、この路線を復活させ、今では黒字経営を保っているという。こうして旅ができるのも、そのような運動のおかげである。しみじみと考えているうちに、列車は那珂湊(なかみなと)駅に着いた。

沿線のメインステーションと呼ばれる那珂湊駅。1913年の開業からの駅舎が残り「関東の駅100選」にも選ばれた。

川を隔て海門橋で結ばれるひたちなかと大洗のまち

湊線の由来でもある那珂湊駅は、路線では唯一の通年有人駅で、かなりの数の人が乗り降りする。かつて大いに栄えた舟運と漁業で活気のあった街の面影を残す商業地区が広がっている。今でこそ、合併してひたちなか市となったが、かつては那珂湊市と勝田市は別々の町であり、それぞれに古い歴史がある。駅の西側にある反射炉跡に立ち寄った。すでに反射炉はないが、復元されたものが立派に建っている。

反射炉とは鉱石や金属を製錬・溶解する炉のことだ。幕末の水戸藩主・徳川斉昭(なりあき)が築造したもので、黒船来航以来、外国の脅威にさらされた日本の国防のために造られた。今ではその情景もいささか薄まっているが、昔はこのあたりが、回船業において重要な港湾都市であったことの名残をよく伝えている。

那珂湊駅の木造駅舎は映画やドラマ、CMのロケ地でもある。駅自体が那珂湊の観光スポットにもなっているといえよう。
蒸気機関車と那珂湊駅。湊鉄道が明治40年(1907)に開業、那珂湊駅はそれから6年後の大正2年(1913)に開業している。

おさかな市場で有名な那珂湊漁港を通り、那珂川に掛かる海門橋を渡る。地方はクルマ社会なので、自動車がビュンビュン通るが、もちろん歩いて渡ることもできる。

橋を渡った先が、大洗町(おおあらいまち)である。川を隔てて北がひたちなか市、南が大洗町で、関東の観光名所として名高いアクアワールド茨城県大洗水族館がある。やや高台からの海の眺めが、じつに気持ちいい。浜辺の店で売られている焼きイカ、焼きハマグリなどで空き腹を満たした。何の変哲もないものでも、磯の香りのせいか、無性にうまく感じられた。

「那珂湊おさかな市場」は、那珂湊漁港前にあり、11店舗が軒を連ねる。
那珂湊や近海で漁れる旬の魚介類が売られている。食事処、土産物店などがあり、気軽に寄れる。

大洗の海と那珂湊漁港の眺めを堪能し、隣の殿山駅から再びの列車旅。殿山駅は海辺の駅として知られ、この先は終点まで右手に海を見ながらの旅ができる。途中の平磯駅、磯崎駅は、いかにも海浜鉄道ならではの駅名だが、磯崎駅周辺には一面にさつま芋畑が広がる。冬には近隣の民家で芋を干す光景がみられ、それもまた沿線の風物詩のひとつである。

殿山駅は単式ホーム1面1線の無人駅。切り通しの下にあり、道路からは下り阪と数段の階段を下りた低地にある。

茨城は海だけでなく肥沃な平野にも恵まれ、野菜の生産量は全国トップクラスである。特に干し芋の生産量は全国1位で、ひたちなか市は、その中心的な生産地だ。干し芋は真空パックで販売されているから通年購入でき、それを生かした菓子を売る店もあり、いい土産になる。

平野部を走るキハ3710型。平成7年から10年にかけて新造された車両だ。形式の3710は「みなと」にちなむ。

終点の阿字ヶ浦駅に佇んで旅の終わりをいとおしむ

湊線の終着駅、阿字ヶ浦(あじがうら)駅に着いた。終着駅なれども無人駅である。かつては上野から直通の急行「あじがうら号」が走っていたが、今はその運行もなく、6両分の長いホームが名残りを感じさせるのみだ。

湊線の終着駅である阿字ヶ浦駅。
通常は無人駅だが、海水浴客で賑わう夏季には駅員が派遣される。

今は3両分しか使われていないので、人が歩かないホームの先端部が、少し崩れてボロボロになっていたり、脇には引退して古びた2両の鉄道車両が留置されており、言い知れぬ寂しさを漂わせる。まるで時の語り部に出会ったかのような感情がこみ上げた。この風景に魅せられ、多くの人が訪れるのだろう。

昭和37年(1962)に製造された旧車両、キハ222型。昭和46年から平成27年(2015)までで運行を終了。阿字ヶ浦駅に留置されている。

駅周辺から阿字ヶ浦海水浴場までは歩いて10分ほど。途中、堀出(ほりで)神社という古刹があり、その境内でおもしろいものを見つけた。末社として2019年に創建された「ほしいも神社」である。先に述べたとおり、ひたちなか市が干し芋の生産量全国一であることにちなんだものという。干し芋をイメージした黄金の鳥居が26基も連なり、圧倒されてしまう。茨城ならではの光景であり、地元の農家や生産者の努力に対するリスペクトなのだろう。その努力が湊線を活気づかせていると思える。

夕暮れ時の阿字ヶ浦駅。線路の先に広がる海を予感させる、明るく美しい空に出会うことができた。

数年後の2024年、阿字ヶ浦駅から北へ約3.1kmを延伸し、国営ひたち海浜公園までつなげる計画が進んでいるそうだ。この時世にあって延伸という明るい計画があることは喜ばしい。その暁には、新たな湊線の終着駅への旅に出ようと思う。

田んぼのなかの駅舎にて宵闇に佇み旅を締めくくる

殿山駅~平磯駅間を走行する湊線の列車。朝日に輝く海を遠くに望む沿線の撮影スポットのひとつである。
中根駅の夕景。周囲には一面の田園風景が広がり、目立った建物はないため、寂寥感がこみ上げる。

写真提供(一部)/ひたちなか海浜鉄道
撮影(一部)◎遠藤 純 文◎上永哲矢

地元の名物洋菓子、レジャースポットにも注目!

こだわり素材でつくる洋菓子「パティスリー グレートリーフ」

地元民に愛される洋菓子店。ブルーベリーやトマト、メロンをはじめ、茨城名物の干し芋を使ったお菓子も大好評。その干し芋を錬り込み、マドレーヌ風に焼いた「いもレーヌ」は、ひたちなか市の焼印入り。

パティスリー グレートリーフ(ぱてぃすりー ぐれーとりーふ)
茨城県ひたちなか市大平1-13-1 
電話/029-272-0480
営業時間/9時〜19時(土日祝、〜18時) 
定休日/水曜、木曜 
アクセス/「金上駅」より徒歩約2分

ひとりでも楽しい、海の生き物たちの楽園「アクアワールド茨城県大洗水族館(アクアワールド・大洗)」

毎年100万人以上の来場客を集め、茨城県のみならず、関東を代表するレジャースポット。約80種、2万匹の魚が泳ぐ巨大水槽、サメやマンボウなど大きな生き物の生態がみられるほか、イルカやアシカのショーなども開催。「大洗水族館」の名の通り、大洗鹿島線の大洗駅も最寄りとなっているが、湊線の那珂湊駅のほうが距離が近く、バスなら6〜7分で到着できる。珍しい生物も多いので、近くへ行く際は、一度は見ておきたい施設だ。

アクアワールド茨城県大洗水族館(あくあわーるどいばらきけんおおあらいすいぞくかん)
茨城県東茨城郡大洗町磯浜町8252-3 
電話/029-267-5151 
営業時間/9時〜17時(季節により変動あり)
定休日/無休(6月と12月に休館あり) 
アクセス/「那珂湊駅」より茨城交通バスで約6分、「アクアワールド・大洗」下車すぐ

ひたちなか海浜鉄道湊線