26634バンクシーのシュレッダー事件、仕組みと落札者、オークション作品の行方

バンクシーのシュレッダー事件、仕組みと落札者、オークション作品の行方

男の隠れ家編集部
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「破壊の衝動は創造の衝動でもある」。バンクシーは、20世紀最大のアーティスト、ピカソの言葉を引用しながら、自身のSNSで"犯行声明"を発表した。2018年10月5日、世界中を釘付けにした「シュレッダー事件」である。
目次

The urge to destroy is also a creative urge
– Picasso


バンクシーがシュレッダー事件に際して引用したピカソの言葉。意味は「破壊の衝動は創造の衝動でもある」。

バンクシーはなぜ作品を断裁したのか

老舗のオークション会社「サザビーズ」がロンドンで開催したオークションにバンクシーの版画作品《ガール・ウィズ・バルーン》(風船と少女)が出品された。落札金額は、104万2000ポンド(およそ1億5000万円)。バンクシーにとって、2番目に高い落札金額だった(当時)。

しかし、落札が決まった瞬間、会場にアラームが鳴り響くと、額縁にあらかじめ仕掛けられていたシュレッダーが作動し、作品を断裁し始めた。騒然とする会場を尻目に、断裁された作品は、関係者の手によって会場から運び出されていった。

《Love is in the Bin》(愛はごみ箱の中に)
スプレー、アクリル絵具/カンヴァス 2018年 101×78cm 個人蔵
シュレッダーで断裁されたバンクシーの作品《ガール・ウィズ・バルーン》(風船と少女)は、オークション終了後、《Love is in the Bin》(愛はごみ箱の中に)というタイトルに改められた。「シュレッダー事件」によって、市場価値は倍以上に跳ね上がったという専門家もいる。
(c) Alamy

バンクシーはなぜ作品を断裁したのか。それは、投機対象として金だけが積まれていくオークション・ビジネスへの批判だといわれている。

バンクシーのオークションへの批判は、これが初めてではない。2006年にロサンゼルスで開かれた展覧会「ベアリー・リーガル(かろうじて合法)」では、オークション会場をモチーフにした版画を100枚限定で販売。そこには、「こんなゴミ作品を実際に買うお前たちみたいなばか者たちがいるなんて信じられない」と、メッセージを書き込んでいる。

オークション・ビジネスへのテロ行為ともいえるシュレッダー事件。しかし事件後、断裁された作品は「史上初めて、オークションの最中に生で制作された作品だ」とサザビーズが宣伝し、落札者も落札金額を支払って購入。批判そのものがオークション・ビジネスに取り込まれ、作品の市場価値を上げてしまった。

シュレッダー事件の犯行声明は、バンクシーのインスタグラムに発表された。舞台裏を映した動画も同時発表。(バンクシーのインスタグラムより)

バンクシー自身が仕掛けたシュレッダーの仕組み

Banksy’s Voice

当初の計画では
途中で止まらずに
完全に裁断する
はずだった

バンクシーはシュレッダー事件の後、自身のインスタグラムでどのように作品を裁断したか種明かしの動画を投稿している。バンクシーはこの絵画がオークションにかけられた時のために、自らあらかじめ作品のフレームの内側にシュレッダーを設置していた。

バンクシーの予想のとおりオークションが開催されたあの日の当日、仕掛けられた装置が作動し作品はまたたくまに裁断されていったが、途中で止まってしまったため少女の頭部とハート型の赤い風船は切り刻まれることはなかった。

バンクシーは、「実は作品はシュレッダーにかけられていないはずだ」「オークションハウスもこの計画に加担していたのでは」という憶測についても自身のインスタグラムで否定している。

痛烈なマーケット批判は資本主義自体をも否定する

「シュレッダー事件」後、バンクシーの作品に対する評価は、オークションでさらに高騰する。

2019年10月には、2009年にブリストルで開催された個展で発表した《英国の地方議会》が、ロンドンで開催したサザビーズのオークションに出品され、987万9500ポンド(およそ13億円)で落札された。それまでバンクシーの作品のうち落札金額の最高は、2008年に現代アートの重鎮で、バンクシーの支援者でもあるデミアン・ハーストとの共作《キープ・イット・スポットレス》の187万ドル(およそ2億円)だった。

当時イギリスは、EU離脱の期限を前に議会の結論がなかなか進まずにいた。10年以上前に発表された《英国の地方議会》がこの時期に展示される機会があり、「議会の凋落を予言していた」と、競売前から話題になっていた。

《Devolved Parliament》(英国の地方議会)
油彩/カンヴァス 2009年 250×420cm 個人蔵

2009年の「Banksy VS Bristol Museum」で展示された。縦250cm横420cmと、バンクシーの作品のなかでも最大級。照明やチンパンジーが持つバナナの向きが異なるなど、2009年の展示作品と変更点も見られ、オークション用に再制作された可能性もある。

この落札金額が妥当かどうか判断することは難しい。たとえば、現存アーティストのオークションでの最高落札金額は、2019年に落札されたジェフ・クーンズのバルーン・アートのような金属製の彫刻《ラビット》で、9107万5000ドル(およそ100億円)である。金額だけを見れば、バンクシーがずば抜けて高いわけではないからだ。

一方、《ラビット》とシュレッダーにかけられたバンクシーの作品とどちらに美術史的な価値があるのかという疑問に答えることも難しい。

オークションでは、作品をその金額で購入する人がいて価値が決まる。一方で美術史は、過去と比較してその価値を決めていく。両者はまったく異なる評価を作品にすべきものであるが、現代ではそれ自体が経済に飲み込まれ、その本質を見失い始めているように見える。バンクシーが画策した「シュレッダー事件」は、そうした経済を最優先しすぎた資本主義へのアンチテーゼでもあるのだ。

Banksy’s Voice

資本主義が崩壊するまで
僕らには何も変えられない。
その間、気が済むまで
みんなでショッピングに出かけよう。

シュレッダーで裁断された作品はその後どうなった?

(c)Museum Frieder Burda, Baden-Baden; Foto: N. Kazakov

《愛はゴミ箱の中に(Love is in the Bin)》というタイトルに改められたシュレッダー事件作品の落札者はヨーロッパの女性で、「最初はショックだったが、美術史に残る作品を所有することになるのだということに気づいた」とコメント。作品は落札者の手に渡る前に、サザビーズのギャラリーで2日間展示された後、ドイツのフリーダー・ブルダ美術館で1カ月間展示された。

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