バンクシーとは何者なのか
バンクシーとは、謎に包まれた覆面アーティストである。分かっているのは「イギリス出身の男性である」ということのみ。2000年代前半までは対面でも取材を受けていたというが、現在はメールか電話での取材しか受け付けておらず、詳細なプロフィールも非公表である。
スプレーを使用した独特なステンシル(型紙)技法で描かれる彼の作品は、落書きや社会風刺的なダークユーモアに溢れたものが多い。キャンバスは世界中のストリートや壁、都市の橋梁など見えるもの全て。いつの間にか現れ、作品を残して去っていくという、まさに神出鬼没な存在だ。
以下の記事では、バンクシーという一人のアーティストについて、より深く解説している。ぜひあわせて読んでみてほしい。
▼ブリストルで生まれたバンクシー作品
ブリストルは、古くから港町として栄え、イギリスでは8番目に人口の多い、イギリス南西部最大の都市。飛行機やエンジンの生産が盛んなことで知られる。
バンクシーの出身地とされ、今でもバンクシーの作品が残されており、バンクシーが有名になる以前の初期作品をはじめ、様々なアーティストによるグラフィティを楽しむことができる。
1.Girl with a Pierced Eardrum
「Girl with a Pierced Eardrum(ピアスの少女)」は、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》をパロディ化したもので、真珠の耳飾りの部分をもともと設置されていた黄色い六角形の警報機で表現したもの。イギリスのセキュリティー産業への傾倒に対する批判が込められているようだ。
2.Mild Mild West
「Mild Mild West(マイルド・マイルド・ウエスト)」は、バンクシーによる貴重なフリーハンド作品で、初期の頃に描かれた。当時ブリストルで無許可のレイブパーティーが流行し、警察の弾圧を受けたことが背景にあるようだ。テディベアが機動隊に火炎瓶を投げようとしている。
3.Cat and Dogs
かつてバンクシーが住んでいたというイーストン地区にあるバンクシーの最初期の作品。猫がエアゾール缶を持ち、壁に落書きをしている。その背後には、警察を思わせる緑色の2匹の犬がパトロールする姿が描かれている。
4.Bridge Farm Primary School
ブリストルにある小学校の生徒たちとバンクシーの心温まるエピソードから生まれた本作。校舎の名前を「バンクシー」に変えることになり、子どもたちがバンクシーに手紙を書くと、休み明けに短い手紙とともに本作が残されていたという。
5.Well-Hung Lover
裸のまま窓からぶら下がる男は、情事の合間に入り込んできた愛人の夫によって、今まさに発見されそうになっている。性感染症専門病院が入ったビルの壁に描かれた。青い絵の具で上書きされたが、現在もそのまま残されている。
6.Valentine’s Banksy
バートン・ヒル地区マーシュ・レーンで、バレンタインデーの前日の朝に発見された。Y字型のパチンコを放つ少女と、その先には放たれた赤い花と葉が飛び散る様子が描かれている。翌日バンクシーのSNSにもその様子が投稿された。
7.BANKSY VS Bristol Museum
2009年、ブリストルではバンクシーの個展が開かれた。ミレーの《落穂拾い》をモチーフに、農婦の1人を切り取り、額縁に煙草を吸う農婦を置いた《エージェンシー・ジョブ》やメインホールにはアイスクリーム販売車を展示。
8.Grim Reaper
水上ナイトクラブの船体の右舷に描かれた作品。ちょうど死神が水面に浮いているように見える。2014年にナイトクラブが改装された際に、絵の部分が切り取られ、現在はブリストル美術館別館に展示されている。
▼イギリスで生まれたバンクシー作品
バンクシーの活動拠点であるロンドンには、《ガール・ウィズ・バルーン》を始め、バンクシーの作品も多く残されてきた。しかし、破壊されたり、上塗りされたり、壁ごと切り取られてオークションに出されたりと、今はもう見られなくなってしまった作品も少なくない。ロンドンに登場したバンクシー作品の足跡をたどる。
1.Girl with Balloon
2017年、イギリス人2000人によって選ばれた「イギリス人が選ぶ、イギリス人アーティスト」の第1位に選ばれたバンクシーの《ガール・ウィズ・バルーン》。ロンドンのテムズ川沿いにあるサウスバンクのウォータールー橋を上る階段に描かれた本作は、その最初の壁画であった。その後、市議会によって削除された。
イースト・ロンドンの中心地ショーディッチに描かれたバージョン。ウォータール橋など《ガール・ウィズ・バルーン》はロンドン周辺の様々な壁に描かれたが、現在それらはすべて塗り潰されひとつも残っていない。
2.Yellow Lines Flower Painter
道路から続く黄色いラインがそのまま壁へと続き、大きな黄色い花を咲かせている。ラインを引いたペインターが、傍らで一休みしている。歩道を横切っていたラインは取り除かれたが、画家と花はそのまま残された。
3.unknown
環境保護団体のデモが行われたマーブル・アート付近に描かれた少女の絵。「FROM THIS MOMENT DESPAIR ENDS AND TACTICS BEGIN(この瞬間から絶望は終わり作戦が始まる)」のメッセージが添えられる。
4.Sweeping it under the Carpet
ロンドン北部にあるギャラリーの壁に描かれた。メイドの女性が埃を掃除するために、カーテンのようにレンガの壁を持ち上げている。メイドは2008年に約2億円で落札された《Keeping it Spotless》にも登場している。
5.His Master’s Voice
ショーディッチのナイトクラブの中庭に描かれたもの。レコード会社HMVのトレードマークとして知られるニッパー犬をモチーフにしている。蓄音機をのぞく犬の絵を、蓄音機にバズーカを向けている犬に描き変えている。
6.What are you looking at?
「何を見ているの?」という文字に向けられる監視カメラ。イギリスにおける監視カメラの数は驚異的なレベルに達しており、本作にはイギリス国内の過剰な監視カメラの使用に対するバンクシーの批判が込められている。
7.Les Misérables
催眠ガスに包まれるのは『レ・ミゼラブル』の主人公コゼット。フランス北部・カレーの難民キャンプで、警察関係者が催眠ガスなどを使用したことに対する批判を表している。左下のQRコードで証拠を示す動画とリンクする。
8.Slave Labour
2012年のエリザベス女王即位60年にあわせ、ユニオンジャックの旗が大量に作られた。本作は違法な少年労働がモチーフとなっている。翌年の2月初旬に壁ごと切り取られ、その後オークションにかけられた。
9.Guard Dog
警備員がパトロールの相棒に連れているのは、見回りにそぐわないふわふわの愛らしいプードル。「THIS WALL IS A DESIGNATED GRAFFITI AREA(この壁は指定された落書きエリアです)」の文字が添えられる。
10.The Royal Family
バッキンガム宮殿のバルコニーから手を振るイギリス王室を道化風に描いた。建物のオーナーは壁画をそのまま残すつもりだったが、2009年、市職員が誤って、大部分を黒いペンキで上塗りしてしまった。
▼パレスチナ自治区で生まれたバンクシー作品
イスラエルがパレスチナ自治区との間に建設した”分離壁”に初めてバンクシーが作品を残したのは2005年。以降、The Walled off Hotelの開業に携わったりと、人々の目をこの地に向けてきた。ガザ地区を含むパレスチナ自治区では、政治的メッセージが込められたバンクシーの作品を見ることができ、今日も世界中から多くの人がこの地へ足を運んでいる。
1.Watch Tower Swing(ガザ)
ガザ地区北部のベイトラヒヤの幹線道路の壁に描かれたのは、まるで遊園地の回転ブランコで遊ぶかのように、イスラエル軍の監視塔で遊ぶ子どもたちの姿だ。2015年に《子猫(ジャイアント・キトゥン)》とともに制作された。
2.Angels(ベツレヘム)
少し隙間の空いた分離壁に描かれた2人の天使たち。スカーフで顔を半分覆い、本来なら優しいはずの天使が、無理矢理壁をこじ開けようとしている。バンクシーが手がけたホテルの脇にある小道沿いの分離壁に描かれている。
3.Art Attack(ラマッラー)
壁に空けられた大きな穴の向こうでは、バケツを持った少年が砂場で遊ぶのを待っている。パレスチナの子どもたちのビーチへの憧れを描いているようだ。2005年にバンクシーがパレスチナの分離壁で制作した9点のうちのひとつ。
4.Armored Dove of Peace(ベツレヘム)
平和の象徴である鳩がオリーヴの枝をくわえ、羽を広げている。しかし、よく見ると鳩は防弾チョッキをを身につけ、その胸には銃のターゲットが当てられ、どこからか狙われている。本作も2005年に制作された作品のうちの1点。
5.Cracked TV(ベツレヘム)
バンクシーが手がけた「The Walled off Hotel」の部屋のフラットテレビ。CNNニュースが流れる画面にはひびが入り、画面の中にはやり場のない怒りを抑えきれず、宿泊客に向かって石を投げつける挑戦的なパレスチナ女性が入っている。
6.Thrower(ベツレヘム)
ヨルダン川西岸に描かれたバンクシーの代表作《フラワー・スロア》をモチーフに3つの作品で構成されていた本作。石の代わりに花束を投げる男性が描かれるが、花束の部分には額縁前に花瓶が置かれ、造花が飾られている。
7.Balloon Debate(ラマッラー)
ベルリンの壁の3倍の高さはあるという分離壁に描かれた風船にぶら下がった少女のシルエット。紛争に巻き込まれ、身動きがとれなくなってしまった子どもたちの「壁を越えて自由に飛び立ちたい」という夢が表現されているようだ。
▼アメリカで生まれたバンクシー作品
アメリカから伝わったグラフィティが、バンクシーというアーティストを介してひとつの新しいアートとなって再びこの地へ舞い戻った。ニューヨークやロサンゼルスといった都市では、様々な作品が残された。またバンクシーらしいユニークな個展も開かれ、バンクシーはアート史へ新たな足跡を残すこととなった。
1.unknown(ニューヨーク)
人を見下すかのように冷ややかな表情を浮かべたロナルド・マクドナルドが貧困層の男性に自身の巨大なブーツを磨かせるインスタレーション。従業員に企業イメージを磨き上げることを強いる大企業への批判を表している。
2.The Banality of the Banality of Evil(ニューヨーク)
ホームレスを保護するNPO団体が運営するリサイクルショップから50ドルで購入した油彩の風景画に、バンクシーがナチスの将校を描き加えた。作品はリサイクルショップに戻され、オークションに。その収益は団体に寄付された。
3.The Village Pet Store and Charcoal Grill(ニューヨーク)
2008年、ニューヨークのグリニッジ・ビレッジでペットショップ「The Village Pet Store and Charcoal Grill」をオープン。バーベキューソースを突っつくマクドナルドのチキンナゲット(上)や化粧をするウサギ(下)が展示された。
4.Parking(ロサンゼルス)
もともとあった「PARKING(=駐車場)」の「ING」を白く上塗りし、「PARK(=公園)」に。「A」に縄をかけたブランコで遊ぶ少女が描き加えられた。子どもの遊び場の不足を訴え、アメリカの自動車依存を批判している。
5.Sirens of the Lambs(ニューヨーク)
羊や豚、牛や鶏のぬいぐるみを載せたトラック《Sirens of the Lambs(子羊のサイレン)》には、動物虐待への批判が込められている。キーキーという叫び声を発するこのトラックはおよそ2週間ニューヨークの街中を走り周ったという。
6.Charlie Brown Firestarter(ロサンゼルス)
2011年2月、放火されたビバリーヒルズのビルの壁に描かれた。漫画『ピーナッツ』のキャラクターであるチャーリー・ブラウンが、タバコを吸いながらこっそりと赤いガソリン缶からガソリンを流し、放火しようとしている。
▼ヴェネツィアで生まれたバンクシー作品
2019年5月、ヴェネツィアビエンナーレが開催された頃、バンクシーはこの地を訪れたようだ。自身のSNSにサン・マルコ広場で作品を展示する動画をアップし、「世界で最大の権威あるアートイベントに、自分は招待されたことがない」とコメントを残した。そして、彼はそのほかこの地にもうひとつグラフィティを残していった。
1.Venice in Oil
いくつかのカンヴァスを並べるとパズルのように合わさり、観光客を乗せ、ヴェネツィア運河を漂う白い大きなクルーズ船が現れる。クルーズ船から排出される油の汚染を指摘していると考えられる。
2.Refugee in a Lifejacket
ライフジャケットを着た移民の子どもが、ピンクの煙がもくもくと出ている炎を掲げている。あらかじめ計算されていたのだろうか、現在海面上昇により、子どもの姿は海に飲み込まれてようとしている。
▼パリで生まれたバンクシー作品
ステンシルアートの父ブレック・ル・ラットが、80年代この地にネズミを描いたことで、世界にステンシルアートが広まったという。バンクシーもまたパリにいくつかのネズミのステンシル画を残している。エッフェル塔を臨むセーヌ川の橋の下からステンシルアート誕生の地ボーブールまで、パリのバンクシー作品も見逃せない。
1.Napoleon Crossing the Alps
ジャック=ルイ・ダヴィッドのナポレオンを描いた作品をモチーフにしている。イスラムの赤いスカーフに覆われた指導者は、移民政策を指揮するフランスの指導者を批判しているのだろうか。
2.Eiffel Rats
芸術の都市・パリにふさわしい上品そうな年配のネズミのカップルが、エッフェル塔を眺めている。エッフェル塔を借景にし、ネズミの視線がエッフェル塔に向けられるように描かれている。
▼日本で生まれたバンクシー?作品
神出鬼没なバンクシーが「日本に現れた」とメディアが震撼したのは2019年。東京・日の出で発見されたのは、バンクシー自身を投影する意味が込められているというネズミの絵だった。
1.傘を差して旅行鞄を持ったネズミ
あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。 pic.twitter.com/aPBVAq3GG3
— 小池百合子 (@ecoyuri) January 17, 2019
傘を差し、旅行鞄を持ったネズミ。公式作品集『Wall and Piece』にも掲載されており、バンクシー作である可能性は高いものの、100%本物という確証はない。現在は、日の出ふ頭の2号船客待合所(シンフォニー乗り場)で展示されている。
以下の記事では、ストリートアートの象徴としてバンクシーが度々取り上げる「ネズミ」や作品に込められた意味について、さらに詳しく解説している。ぜひあわせて読んでみてほしい。
バンクシーの作品が日本で見られる!2つの「バンクシー展」
日本で見られるバンクシー作品と言えば、2019年に小池百合子東京都知事がツイッターに投稿し話題となった、傘を差し旅行鞄のようなものを携えた1匹のネズミの絵。こちらの作品は現在、日の出ふ頭の2号船客待合所(シンフォニー乗り場)にて展示されているが、普段中々見ることができないバンクシー作品を一度に鑑賞できる、2つのバンクシー展が日本で開催される。
バンクシー展 天才か反逆者か
ひとつは、現在巡回中の「バンクシー展 天才か反逆者か」。横浜・大阪・名古屋・福岡の4都市で開催される本展は、インスタレーションやマルチメディアスクリーンによる体験型展示をはじめ、個人コレクターが所蔵するオリジナル作品、版画、立体作品など70点以上が集結する。
WHO IS BANKSY? バンクシーって誰?展
もうひとつは、東京・天王洲の寺田倉庫G1ビルを皮切りに名古屋、大阪、郡山を巡回する「WHO IS BANKSY? バンクシーって誰?展」。こちらは2021年8月21日スタート予定で、詳しい内容はまだ公開されていない。
その過激なスタイルから「芸術テロリスト」とも称されるバンクシー。自らの作品に込める社会風刺的なメッセージに、我々は何を考え、思うべきなのか。ひとつひとつの作品に触れることで、感じ取るものを大切にしたい。
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